家宅侵入罪だ!

 

 捜査本部に行きかけた湊は、前から来る可愛らしい顔をした刑事に呼び止められた。


「部長、明路さんなら居ませんよ」


 別に明路に会いに来たわけではない、と思ったが、まあ、本来、自分が此処に出入りするのもおかしな話だから、そう思われても仕方が無いか、と思った。


 それに、明路の言っていたことも気になってはいる。


 いつぞや、まるで犯人がわかっているかのような口調で話していた。


 いや、『事件は解決している』だったか。


 明路の性格からして、追求してもしゃべらないだろうから、泳がせておいたのだが――。


「藤森と一緒に何処か行きました」


 何処かって、捜査だろう、と思ったのだが。


 担当している事件と関係ないことをやっていることも多いので、そうとも言い切れない。


「……そうか」

とだけ答えた。


 明路は自分が、明路を非難ばかりしていると思っているようだが、そうでもない。


 警察の内の派閥の中で、明路は自分の傘下と見られているということもあり。


 あまり評判を下げたくないので、結構フォローに回っている。


 そんなしおらしいもんか? と突っ込みたいのだが、愛人という話も出回っているので。


 それが真実かどうかはともかくとして。


 そういう噂がある以上、みっともない格好はしていて欲しくない、という変な見栄から、服まで買い与えてしまう始末だ。


 本当に、段々、親か兄のようになってきたな……と思う。


 いや、兄は服は買ってやらないか。


「部長。

 せっかくいらしたんですから、珈琲でもお淹れしましょうか」


「いや、いい。

 捜査状況を聞いて帰る」


 そう言いながら、明路の携帯にかけてみることにした。


 

「こんにちはー」

「留守だ」


「入ります」

と明路は個室の扉を開けた。


「家宅侵入罪だ!

 お前といい、服部といいっ」


 叫んだ童に、

「えーっ。

 服部くん、此処まで入ってきたんですか?」

と明路は笑う。


「あいつじゃなきゃ、女子にキモ~イとか言われてるところだぞ」


「今の女子高生の口真似、似てますね」


 まあ、彼女は、ずうっと此処に居るわけだから、女子高生の生態にも詳しくなるだろうな、と思う。


「いっそ、高校生として暮らしてみたらどうですか?」

「成仏しろじゃないのか」


 ろくな提案しないな、と童に片目で睨まれる。


「坊主じゃないんで」

「劉生はどうしてる?」


「相変わらずですよ」

「そうか」


「猫は死にました。

 ま、さっきまで一緒に居たんですけどね。


 天気がいいので、機嫌良く散歩に出かけて行きました」


「……気をつけとかないと、あれもまた成仏しないぞ」


「既に猫又化してると思ってたので、死んだことにびっくりしましたよ」


「なんで死んだんだ」


 そこで黙ると、

「まあ、聞くまい」

と童は阿吽の呼吸で言う。


 お互い、長く付き合っていると、それぞれの触れてはいけない領域というのがわかってくる。


「ところで、何しに来たんだ、今更」


「いちいち言い方に毒がありますね~。

 ちょっと確かめておきたいことがありまして」


「何か見えたのか」


 これはちょっと厭な阿吽の呼吸かな、と思った。


「よくないものか」

「私にいいものが見えたことがありましたっけ?」


「……あのときも、本当はお前には見えていたんだろう?」


「まあ、見えていたとしても、回避できたとも思えないですし。

 悪い未来を回避しても、ロクなことがないってわかりましたから」


 ロクなことがない。

 その言葉をこの状況で使っていいのかわからないが。


「服部怜は、お前の親戚か?」


「いえ。

 服部くんの遠縁だそうですよ。


 ってことは、まあ、うちとも親戚ってことですけどね」


「あいつは相変わらず寝てるのか」


「その言い方だと、サボって寝てる感じですけどね」

と苦笑する。


「起きたのかと思ったよ。

 或いは、死んだのかと」


「なんでですか?」


 いやあ、と言ったきり、童は答えない。

 だから、こっちも突っ込まないでおいた。


「通り魔がまた出たそうだな」


「よくご存知ですね」

と言うと、


「生徒たちが此処で世間話をしてくからな」

と言う。


「お前の話も聞いた。

 『美人の刑事さん』

 よかったな」


 何が、よかったな、なんだろう……。


「それが、例の場所で同じ日にあったので、通り魔かと思ったんですが。

 接触できた霊の話によると、どうも違うらしいんですよね」


「じゃ、通り魔じゃないのか」

「いや、通り魔でしょう」


「お前……自分の中でだけ完結する喋り方はやめろ」


 昔に比べて、ひどくなってるぞ、と言われるが、単に、それだけ語れないことが増えているということだ。


「私を信用していないわけじゃあるまい」

「信用するもしないも、貴方が誰に何を喋るっていうんですか」


「そうだな。

 好奇心旺盛なお年頃の服部怜とか。


 どうにも扱いづらい眉村とか?」


 明路は眉をひそめた。


「先生も此処まで入って来てるんですか?」

「来ないが、時折、校内で不穏な動きを見せている」


「まあ。

 存在自体が不穏ですからね。


 でも、今回、ちょっと頼み事をしましたので」


「大丈夫か?」


「はあ。

 とりあえず、適任なので」

と言うと、童は少し考え、


「『適任だった』んだな」

と言う。


「お前の見ている未来が覆らないことを祈るよ」


「うーん。

 どっちかって言うと、根本から覆って欲しいんですけどね。


 ああ、もう行きます。

 なんだか、此処に居ると、悪いものが湧いてきそうなので」

と言って、人の住処すみかにケチをつけるな、と言われてしまった。





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