階段の鏡
明路は未來に、一通りの、今、わかってる事実を確認していたが、それはたいして内容のあるものではなかった。
未來も事件に関して、新しく思い出したことはないらしい。
では、何故、わざわざ此処に来たのか、と藤森は思う。
明路と話せて満足したらしい彼女は、明路に話の終わりを告げられると、ご機嫌のまま、席を立った。
話に内容がなかったことは、特に疑問に思わなかったようだ。
あとで、誰かになんの話だったの、と訊かれても、彼女なら、誇らしげに、
『それは秘密よ』
と言いそうだ。
「もう終わり?
さて、本題に入ろうか、明路」
と眉村が明路を見る。
最初からわかっていたようだ。
彼女に何か別の目的があることを。
「先生」
明路が両の膝を眉村の方に向け、改まった感じに呼びかけると、彼は嬉しそうに、
「なんだい?」
と訊いていた。
「ちょっと校舎をうろついてきていいですか?」
「言うと思ったよ。
もちろん、僕も行くよ」
あんた、授業はどうした、と思ったのだが、突っ込む前に明路が断っていた。
「いいです。
いきなり後ろから突き飛ばされたりしたら困りますから。
藤森は此処に居て」
「ええっ」
「それか帰って」
「ええっ!?」
連れて来といてかっ、と思ったが。
まあ、自分が居れば、二人で事件の聞き込みをしているように見えるから引っ張ってきただけなのだろう。
この女王様めっ、と思ったのだが、無言で見下すように見られる。
まあ、見下してるつもりはないのだろうが。
佐々木明路は、常に上に立つ者の瞳をしている。
どのみち、先程、世話になったばかりなので、逆らえないが……。
「ともかく、ちょっとだけ行ってきます」
そう勝手にまとめ、明路は立ち上がる。
そのままさっさと出て行った。
「……マイペース」
思わず、そう呟くと、眉村が笑う。
「年々ひどくなるよ。
昔はあれでも可愛かったんだよ。
あんな変人でも頑固でもなかった……
いや、頑固は変わってないかな」
と何故か嬉しそうに苦笑する。
「彼女が好きなんですか?」
滅多に逢わない人間だからいいか、と思い、ストレートにそう訊いてみた。
眉村は笑ったまま、答える。
「大嫌いだよ」
おお。
チャイムが鳴っている。
忙しげに教室移動の生徒たちが走って行くのを見送りながら、明路は感慨に耽っていた。
かつては自分もああして急いでいたものだが。
今は、チャイムに急き立てられず、走らなくてもいい。
大人なので、当たり前だし。
仕事で急き立てられる方が遥かに切迫しているのだが。
今は、ちょっとだけ優越感に浸れた。
明路は階段の途中で足を止めてみる。
そこにある大鏡に手を触れてみた。
昔は、これが恐ろしかったのに。
今はなんとも思わない。
ま、そりゃそうか、と冷めた眼で、鏡を見つめる。
鏡の中に見える顔も、今の顔も、最早、大差ない。
ふと、怜と初めて逢ったとき、湊に言われたことを思い出していた。
『今日のこと、わかっていたんじゃないのか?』
わかっていた。
でも、未来が変えられるとも思っていなかったし。
変えてはいけないのだとわかっていた。
あのとき思い知らされたから――。
『お前だけは、絶対に許さないっ!』
明路は溜息をつき、旧校舎跡地にあるグラウンドを見る。
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