居心地の悪い部屋

 

 昼休み。

 男連中と弁当を食べていると、眉村ではない教師が入って来た。


 矢来や葵たちのグループに近づき、矢来を呼ぶ。


 なんだろう? という顔をして、彼女は立ち上がった。

 ちょっと来なさい、と言われたようだ。


「なになに?

 なんの悪事?」

とみんなが矢来をからかっている。


「えーっ。

 知らないってーっ」

と言い、矢来は出て行った。


 気になる……。


「服部、先、食ったのなら、場所取りして来いよ」

 グラウンドへ行って、サッカーの場所を取って来いと言うのだ。


「すまん。

 今日はパス」


 えーっ、なんだよー、という声を聞きながら、教室を出る。

 神崎葵がこちらを見ている気がした。



 昼休みの廊下。

 少し先を矢来未來が歩いている。


「せんせー、なんの用なんですかー?」


 一応敬語だが、あまり敬語には聞こえない口調で、矢来は訊いた。

 人気のない踊り場辺りに行ったせいか、教師は口を割る。


「警察の人が来ててな。

 お前に話を聞きたいそうだ」


「ええっ。

 私、何もやってませんっ」


 いや、そうじゃなくて、と大きな声の矢来に慌てて教師は言った。


「佐々木明路が訪ねてきたと言えばわかると言ってたぞ」


 どきりとする。

 今、ちょうど聞きたくない名前だったからだ。


「あっ。

 行きます、行きますっ」


「だから、来いと言ってるだろうが」

と教師は調子のいい矢来に苦笑している。


 何故、担任の眉村が呼びに来なかったのだろうと思っていたが、なんとなく状況が見えてきた。


 離れて歩いていても、矢来の声はよく通るので助かるが。

 これでは、そっと呼びに来た意味はないような、と思いながら、見守っていた。


 途中、踊り場の鏡が目に入り、足を止めた。

 行き先はなんとなく推測がついたので、少し離れた方がいいのもある。


 そっとその鏡に触れてみる。

 鏡の中から、佐々木明路によく似た顔がこちらを覗いていた。


 その困ったような表情のせいか。

 そこに幻が見えた。


 今、自分と手を触れ合わせているものは、鏡の中の自分ではなく、格子の向こうに居る巫女装束の女だった。


 前の生の、そのまた前の人生で出逢った女のような気がしていた。


 だが、違う。

 それはすべて、父親から受け継いだ遺伝子の記憶なのかもしれない。


 そうだとするなら、あのときより、タチが悪いな、と思う。


 妹より、もっと――


 タチが悪い……。


 そんなことを考えている間に、矢来は、

「失礼しまーす」

と大きな声を上げ、校長室の横の応接室に入っていってしまった。



 何故、俺がこんなところまで。

 藤森は落ち着かなく明路の横に座っていた。


 校長室の横の応接室とか。

 死ぬほど居心地が悪いし。


 それほど問題児ではなかったとは思うが、やはり、こういうところに来ると、呼び出されたときのような雰囲気を感じてなんだか厭だ。


 でも、今、こいつに弱みを握られてるからなあ、と明路をちらと見る。


 考えてみれば、こいつの方が生徒としては問題だ。


 普段は或る程度、優等生だったのかもしれないが、最終的には、学園を爆破して逃げたような感じだし。


 いや、実際には違うのだろうが。

 端折はしょって聞くと、そうとしか聞こえない。


 明路の前に来た矢来未來という生徒は、赤くなり、もじもじとしている。


 大人になりたいこの年頃の生徒から見れば、切れ者の刑事で、美人の明路は、憧れの存在といったところか。


 俺も高校生なら騙されたかもな。

 この女の胡散臭さに気づかずに、と藤森は思う。


「矢来さん、座って」


 明路は、たまには、こっちにもそういう表情を見せろよと言いたくなるような、笑顔を彼女に向けた。


「はっ、はいっ」

と未來は緊張しつつも腰を下ろす。


 明路は顔を上げ、彼女を連れてきた教師に、

「ありがとうございました」

と頭を下げた。


「ああ、いえ。

 また何かありましたら、おっしゃってください」


 年配の教師は軽く頭を掻きながらも、何処の女王様に対応してんだ、と問いたくなるような腰の低さで去って行く。


 扉が閉まったあと、明路は左を向いていった。


「先生も行っていいですよ」


「え。

 やだ」


 あんた、やだってな……。


「僕まで人払い?

 誰のお陰で此処まで入れたと思ってるんだい? 明路」


「警察手帳のお陰です」

とつれなく言った彼女に、眉村という教員は言う。


「その水戸黄門の印籠を手に入れるために、警察なんかに入ったの」


「そこまで効き目があればいいんですけどね。

 居たけりゃ居てくださいよ。


 ……貴方が横に居ると、ふいに刺されそうで厭なんですよ」


 二人の遣り取りを聞いて未來は笑っている。

 確かに軽妙なトークにも聞こえる。


 だが――


 俺には本気に聞こえるが、と藤森は思っていた。





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