道にいるモノ

 

 格子の向こうから彼女が自分を見ている――。

 


「何故、屋敷を撒いた?」

 明路は歩く道々、藤森にそう問われた。


「ちょっと気になってることがあってさ」

 いいから、付いてきてよ、と言うと、厭そうな顔をしながらも、藤森は付いてきた。


「事件のことか?」

と訊かれ、笑うと、


「何故、そこで笑う」

と言われる。


「今はまだ言えないわ。

 ま、本来、笑うところじゃないし」


「……何処へ行く」

「貴方の行きたいところ」


 そう明路は答えた。


「気づいてたんだけどね。

 貴方には、通りたくない道がある。


 なんで?」


 その話を振る頃には、その場所に近づいていた。

 藤森は足を止める。


 この角を曲がれば、恐らく、藤森の嫌う、その通りが見えてくる。


「いつもさりげなく、その道を外してるわよね」

「いつもじゃない」


「私と居るとき、特にとか?」

と言って、睨まれる。


「よく誤解されるんだけど。

 私、なんでも見えてるわけじゃないし、なんでもわかるわけじゃないのよ。


 貴方は、私をそこに連れていくと、私に何もかもがわかって、自分にとって、まずいことが起こると思ってる。


 違う?」


「ベラベラ喋るな、最悪な女だな」

 そう言ったあとで、藤森は足下のアスファルトを見、小さく溜息をつく。


「お前の言っていることは、ちょっと違う。

 知りたくないだけだ」


「どうでもいいけど、ポケットから手を出してよ」


 ズボンのポケットに両手を突っ込んでいる藤森を咎めると、

「なんでだ?」

と訊いてくる。


「私の周りで、そういうことしてる人が居たら、大抵、ナイフか何か、ありがたくないものを隠し持ってるからよ」


「……お前の周りの連中、全部逮捕したらどうだ」

「湊部長とか?」


「逮捕したいのか」

と問われたので、


「まあ、いろいろとね」

とだけ答えておいた。



「この先だよ。

 この先に、いつも女が立っている。


 俺をじいっと見てるんだ」


「……自意識過剰?」


 言った瞬間に罵倒された。


 なんだかなあ。

 もう放っとこうかな~と思いながらも、明路は或る家の前を指差す。


「その辺?」


「そうだ!

 やっぱり、何か見えるのかっ」


 意気込む藤森に、

「いや……見えないんだけど」

と明路は返した。


「貴方の視線を追っただけよ。

 今、見えてるの?」


「いや」

「いつもそこに立ってるんでしょ?」


「かなりの頻度で立ってるんだ。

 だから通らないようにしてる」


「本当は、ずっとそこに立ってるわけじゃないんだけど。

 貴方がたまたま、何度も出くわして。


 そのあとは、来て確かめてはないけど。

 そのままいつも居るような気がしてるとか?」


「違……っ」


「でも、今、なにも見えてないんでしょう?

 私が見ても、なにも居ないわよ、此処」


 そう明路が言うと、黙る。


 いや、居ないわけではないのだが。

 藤森の求めているモノは居ないというか――。


「今、見えてんなら、問題ありだと思ったんだけど。

 貴方がおかしいわけでもなさそうね」

と言いながら、明路は辺りを見回してみた。


 うーん。

 藤森が居るからやりたくはないんだが……。


 そう思いながらも、彼から離れ、近くの電信柱の上に居た男の霊に呼びかける。


「ちょっといい?」

 そこに居た鳥の方が驚いて逃げ出した。


 鳥は霊とは静かに並んで電線の上にしゃがんでいたのに。

 生きた人間に話しかけられるのはお気に召さないようだった。


 藤森が、鳥に訊いてんのか、という顔をして、こちらを見ていたが。

 気にせず、明路は男の霊に問う。


「ねえ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど――」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る