ファミレス

 

「真剣に選ぶなよ。

 ファミレスなんて、何処も同じだよ」


 つるつるした大きなメニューを広げ、明路が熟読していると、藤森がそんなことを言い出す。


「ほら。

 自分のお薦めの店じゃないと、そんな適当なことを」


 そう屋敷が文句をたれた。


 窓の外は、いい天気だ。

 もうすぐ梅雨だとは思えない。


 新入生たちもダレてくる五月の後半。

 仲間たちと気心が知れてくる時期でもある。


 怜たちはどうなんだろうな、と彼とその愉快な仲間たちを思い出し、明路は笑った。


「よしっ。

 ホットケーキにしよう」

と明路がメニューを閉じると、


「それが昼か」

と藤森がいちゃもんをつけてくる。


 あんたが奢ってくれるわけでもあるまいに、と思いながら、外を見た。

 温かい日差しに眼をしばたたく。


「それにしても、あれね。

 ファミレスって言うのに、全然、ファミリーじゃない人の方が多いわよね」

と明路は店内を見回す。


 まず、なんだかわかんない集団であろう、自分たちとか。

 何かの商品を呼び出した客に売りつけようとしている人たち。


 ひとりでただ本を呼んでいる人。


 学校はどうした? と突っ込みたくなる学生の集団。

 何度も、ドリンクバーを行ったり来たりしている。


「まあ、どんな人でも受け入れてくれる場所ですよね。

 湊部長なんて、ファミレスとか行かないでしょう?」


 何故、私に訊く、と思いながら、明路は屋敷を見た。


「さあ。

 少なくとも、私は一緒に行ったことはないわ」


「いつも、部長とどんなところに行かれるんですか?」

「……笑顔でなに訊いてんだ、てめえは」


 こちらの心の声を、藤森が口に出して言ってくれた。


「別にたいしたとこ、行かないわよ。

 いつもそう代わり映えもしないかな」


「部長の奥様とお友達だったんですよね」

「そうね」


「部長の弟さんと婚約されてるというのは?」

「……だから、何処で掴んできたのよ、そのガセネタ」


 刑事失格ね、と言ってみせる。


「誰かがお前を庇おうとして、作った話じゃないのか」

「何も庇われる必要ないんだけど」


「それにしても、ズバズバ訊くな、お前」


 藤森の言葉に屋敷は、心外だな~という顔をし、

「ズバズバは訊いてませんよ。

 一番訊きたいこと訊いてないし。


 訊いてもいいですか? 明路さん」

と言ってくる。


「駄目」

と言いながら、明路は外を見て、水を飲んだ。



 ちょっとお手洗い、と言って、明路は出て行った。

 藤森がそれを目で追っていると、屋敷が言う。


「今日、二十四日ですよね。

 二十四日に部長の奥様が、通り魔に襲われたそうなんです」


「え――」


「だから、あの二人、通り魔が嫌いなんだそうです。

 今回の事件が、通り魔の犯行かどうかで、気の入りようが変わってくると思いますね」


 それは刑事としてどうなんだ、と思いながら聞いていた。


「でも、そうか。

 部長の奥さんは通り魔に……


 待てよ。

 生きてなかったか? 奥さん」


 部長は妻帯者だと聞いていたが、再婚か?


「誰が死んだって言いました?

 襲われたって言ったんですよ」


 わかりづらいわっ。

 っていうか、そういう話し方だったろうが、今っ、と睨む。


「その通り魔の被害者って、部長の奥さんだけじゃなくて……」

 そこで、明路が戻ってきた。


 何かこう、肝心なことを聞きそびれた気がする。


 つていうか、明路は、昔、何かの事件絡みで、部長を見張っていたと言わなかったか?


 こちらが勝手に悩んでいる間、明路は呑気に外を眺め、欠伸をしている。


 しかし、本気で呑気なのかは謎だ。


 最近、起こっている幾つかの事件を、通り魔の仕業なんじゃないかと言っている連中が居る。


 一見、共通点のないそれらの事件が、通り魔の犯行だと言われ始めた理由は――。


 ドリンクバーのお代わりに屋敷が立った。

 明路が少しこちらに顔を近づけた。


 窓から射し込む光が、明路の色素の薄い瞳で揺れる。

 不覚にも、どきりとしてしまった。


 明路が囁くような小声で言ってくる。


「帰り。

 屋敷を撒いて」


 二人で帰ろう、と明路は言う。


 なんとなく緊張してしまった。


 わかっていたはずなのに。

 この女の性格を考えれば。


 そんなときめくようなお誘いでないことは――。








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