待ち望んでいたもの

 

 現場に立ち、何やら話している二人を見ながら、明路は少し離れた場所で、電話をかけていた。


 もう出かけてしまって、携帯は見ていないだろうかと思ったが、聡子はすぐに出た。


 まるで携帯を見張っていたかのように。


『明路』

 そう呼びかけたあと、聡子は黙っている。


「やっぱり見たらわかるわよね」

 明路は、そう答えた。


「聡子。

 生まれ変わりって信じる?」


『信じるわよ。

 あんたたちの側に居て、信じないなんて選択肢、選ばせてくれないじゃない』


 切羽詰まった口調に、申し訳ないなと思ってしまう。


『彼、そっくりね。

 でも、生まれ変わりのわけはないわ。


 だって、「死んでない」のに、生まれ変わるはずないじゃない』


 そう聡子は訴えてくる。

 まあ、ご尤もなご意見だ。


『でも、彼の顔とあんたの顔見てたら。

 考えれば考えるほど、やっぱりそんな気がしてくるのよ』


「なんで私の顔?」

と言うと、あんたの表情よ、と言われる。


『……いつも、眠っているあの人を見ている表情と同じだったから。


 私はね。

 ずっと、いっそ、死んでしまえばいいのにと思ってたわ』


「聡子」


『だって、このままじゃ、いつまで経っても――』

 そこで、彼女は言葉を切った。


『ごめんね。

 誰より、あんたこそが、目を覚ましてくれるのを待っていたのかもしれないのに』


 私が一番ではないとは思うが、確かに待っていた。

 だが、もう、待ち望んでいた目覚めはないのだろう。


 彼を目の前にしたら、そう思わずにいられなかった――。



 

 携帯を切った明路は、何故か、最高のファミレスは何処かで争っている二人を、なにやってんだ……と思いながら振り返る。


「なんなの。

 もうご飯の相談?」


「こいつが俺の愛するレアチーズを莫迦にするから」


「美味しくないとは言いませんが、あの店のが、一番じゃないって言ってるんですっ」


「藤森、あんた、甘党だっけ?」


「甘党かどうかは知りませんが、辛党じゃないですよね。

 そんなにお酒、強くないですもんね。


 この間、呑みに連れてってもらって思いました。


 そうだ。

 今から、僕のお薦めのお店に行きましょうよ」


「だから、どうせそれも、ファミレスだろう?」


 今、自分がファミレスについて熱く語っていたくせに、行きたくないのか、藤森はそんな言い方をする。


 だが、

「こっちですよ」

と屋敷はすでに歩いていきそうになっていた。


 待て、と藤森が止める。


「あっちに行こう」

と違う道を指差した。


「ええーっ。

 そうやって、また自分の行きつけの方に連れていこうとしてーっ」


 厭ですよ、と屋敷は振り切ろうとする。


「お前の行きたい店でいいからっ。

 ……ちょっと、寄るところがあるんだ」


 藤森はそういう言い方をした。


「そうなんですか?」

と眉をひそめながらも、屋敷は折れる。


 だから、誘ってみることにした。


 帰り、屋敷を撒いたあとで、今、藤森が拒否した道を通るように。







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