四つ辻
厄介な奴らが話してやがる。
眉村は息をひそめ、二人の会話を聞いていた。
奴ら、霊の気配には鋭いが、人間には鈍いらしい。
この二人にタッグを組まれると面倒なんだが。
幸い、相性は悪そうだ、と眉村は思っていた。
『佐々木明路の入学式の写真。
今の彼女とは別人でした』
そんな怜の言葉を思い出す。
ま、そう思うだろうな。
あの事件以降、明路は、たがが外れたように、過去の自分に戻って行った。
服部由佳というリミッターが消えたからだ。
今――
彼にそっくりなこの服部怜が現れた今、これから明路はどうなっていくのだろうと、少し不安に思っていた。
「まあ……
どっちかと言えば、過去の佐々木明路の方が好みなんだがな」
長い黒髪に白い肌。
おとなしそうな風貌。
可愛らしいが目立たないせいで、自分だけの『明路』という感じがしていた。
こちらの勝手な思い込みだろうが。
そして、それは今も変わらない。
彼女を本当の意味で理解出来ているのは自分だけだと思っている。
決して、あの鼻持ちならない男ではないと。
まあ、似た感じではあるが、あれは好みじゃないな、と怜と向き合っている女子高生を見た。
ずっと夢を見ている、私も――。
「うわっ」
携帯の画面を見た明路は、思わず声を上げていた。
超~着信だよ。
今日はライブ行くんじゃなかったのか。
着信履歴には、ずらりと聡子の名前があった。
事件現場に向かって歩く道々それを眺めていると、
「ながらケータイはやめろ。
女子高生かっ」
と横の藤森が絡んでくる。
病院を出たところで、とっつかまったのだ。
あのあと、自分が何も言わなかったので、すぐには突っ込んで来なかった聡子だったが、やはり、どうしても気になったらしい。
鬼のように着信履歴が並んでいた。
まあ……
そうだよね、と思いながらも、明路はそれをしまう。
「どうした。
また何処かのストーカーから電話か」
と同じ名前がずらっと並んでいるのが見えたらしい藤森が言う。
「そんな暇な人、居ないわよ」
いや、居るか。
しかし、あれは生きてはいないし。
ま、携帯に着信させるくらいお手のものだろうが――。
「湊部長とか?」
「なんでよ」
「湊部長はお前にストーカー的につきまとってないか?」
「根拠は?」
「部長が、いちいち捜査本部に顔出すの、変だろう」
ま、そうなんだけど。
そりゃ、単に、事件がこれだからだと思うんだけどね。
そう思いながら、明路は四つ辻を見る。
「過保護な親みたいじゃないか。
服までお前に買ってんだろう?」
「誰に聞いたの?」
と言うと、
「見てればわかる」
と言われた。
ふうん、と明路は己れのスーツを見下ろし、
「ま、いつも部長がとは限らないんだけど。
この間のは、部長のお母様からの」
と教える。
「ああ、マザコンとか言ってたな。
息子の女に服を買ってやるとは、ママ、前に出過ぎだろ」
「そういうわけでもないんだけど。
部長は単に、私のかまわないっぷりが気になるらしくて、イライラするから、服買ってくれるみたい」
「……話の筋が通ってるようで、通ってねえよ」
そう言われて、笑う。
確かにこの関係は説明が難しい。
「最初は私が部長のストーカーみたいなもんだったんだけどね」
「お前がか」
と藤森は目を見開いた。
「そういう方面にバイタリティがありそうには見えないが」
「どういう方面によ。
見張ってたのよ」
「見張ってた?」
「事件絡みでね」
と言うと、ああ……とどう納得したのか藤森は頷いた。
「それで、そのうち、いつの間にか、そういうことに――」
「だから、どういうことによ。
それに、それも、なんだか逆よ」
と言いながら、明路は目の前にある四つ辻を見る。
そこで自分が遭遇したのは、被害者に、服部怜に、……それに。
ひとつ息を吸った。
気を落ち着けるように。
「なんかこの通りって、祟られてんじゃないの?」
そうボソリともらす。
「なんで?」
「ロクでもないものにばかり遭遇するからよ。
霊に、昔の知り合いに、藤森に、通り魔に――」
「俺もかよっ。
お、屋敷」
自分たちの向かいの角。
そこに、屋敷が現れたことに彼も気づいたようだった。
「……どうしたの?」
と屋敷に訊くと、
「いえ。
僕も行ってみたいなーって呟いたら、じゃ、行ってこいって」
と屋敷は笑って言う。
行って見張って来いってことかな。
その場の空気に呑まれやすい藤森では私の見張りにならないと、大倉に判断されたのだろうか。
「何か出ましたか?」
と少し楽しげに訊いてくる屋敷に、
「浮かれてんじゃねえぞ。
殺人現場なのに」
と藤森が釘を刺す。
「すみません。
でも、僕、明路さんと一緒にお仕事するのが夢だったから」
まさか、それでじゃないだろうな、と思いながら、横目に見た。
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