女子トイレ

  

 トイレのドアを開けた葵は、すぐさま閉めようかと思った。

 そこにロクでもないものが居たからだ。


 なんで、此処に移動してる、と思い、逃げようとしたが、


「葵ー。

 どうした。


 紙ないー?」

と別の個室に入ろうとした友人が声をかけてきたので、


「大丈夫ー」

と微笑みを浮かべ、仕方なくドアを開けて、中に入った。


 入る瞬間、少し頭を下げた自分を見ていた人間が居たなら、なにやってんだ、と思ったことだろう。


 しかし、今、自分こそがこの人物に訊きたい。


「なにされてるんですか」

 おかっぱ頭の少女がそこに立っていた。


「服部怜がいろいろ嗅ぎ回っているな」

「……そうですね」


「お前はどうするんだ」


「どうしましょうか。

 彼も今日は静かにしているようですが」


 そのとき、トイレで悲鳴が上がった。


「えっ?

 服部くんっ?」

という友人の声。


 聞き違いだろうか、と思ったとき、鍵をかけてなかったドアが内側に跳ね開けられた。


「いたっ」

 服部怜が女子トイレに立っていた。


「神崎葵。

 お前、それが見えるんだな」


「それとは失敬な」

 座敷童が足許で憤慨していた。 


 

「たまたま女子トイレの近くを通っていたら、急な腹痛で」

と服部怜が言い訳をしたので、彼はそのまま保健室に行くことになり、葵もそれに付いていった。


 一応、本当に行った保健室で、彼は先生とそれなり愉快なトークを繰り広げ、薬を手に、すぐに出て行くことに成功したようだった。


「後で、特別棟まで来い」

とだけ小声で言われる。


 それでも、特別棟の何処に来いと言ったのかはすぐにわかった。


 小さく肩を竦めてみせる。

 

 

 放課後、そのトイレの中に入ると、服部怜は既に待っていたようだった。


「また女子トイレに居たら、噂になるわよ、いろいろと。

 人気者の服部怜くん」


 あまり近づかない位置に立って言う。

 怜はその言葉を鼻で嗤った。


「人気なんてない。

 俺の話題が暇つぶしにちょうどいいだけだろう」


 まあ、芸能人と同じかな、とは葵も思う。


 学園で絶対的にかっこいい存在に対して、きゃっきゃっと女の子同士で騒ぐのは、楽しいし、妙な連帯感が生まれるようだった。


 もちろん、自分は参加しないが。


「ものぐさの座敷童が、移動したのを感じた。

 こいつは時折、お前を見張るように動いている。


 気のせいかと思ったが、そうじゃなかったようだな。

 何故だ」


 悪い目だな、と葵は思った。


 この間まで、ちょっとミステリアスで不思議な少年だったのに。

 今は、本物の謎に近づいた、悪い大人の目をしている。


 日の射し込む窓を背に立つ怜に、大きく溜息をついて見せた。


「お前は何者だ。

 神崎葵」


「何者でもないわ。

 ただ、見えるだけ」


「見える?」


「例えば、この場に巣食う記憶。

 それらが霊とともに見えるのよ。


 厄介な学校だわ。


 見たくもないものを私にたくさん見せてくれるから」

と眉をひそめると、怜は、


「じゃあ、学校変わったらどうだ」

と言い出す。


「お前も俺と同じで遠方からの通学のはずだ」


 だが、そこで言葉を切った彼は言う。


「……この場所の記憶も見えると言ったな」


「そうね。

 強く焼き付いたものほどね」


「じゃあ――」


「見えるのよ。

 貴方がお気に入りの、佐々木明路もね」


 怜の訊きたいことを先取りして言った。


「強過ぎる彼女たちの思念が、私自身の記憶を侵すほどにね。

 見えるのよ」


 そう葵は繰り返す。




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