二十四日

  

 最近、服部怜が余計なことを嗅ぎ回っているようだ。


 教室で葵は、今は普通に友人と喋っている怜を見る。

 溜息をもらした。


「……誰も彼も。

 人は禁断の扉を開けずにいられないものなのかしらね」

 

  


 電話を切ったあと、明路は扉を開け放したままのその病室に踏み込んだ。


 最初は警戒し、固く閉ざされていたこの病室も、今では随分とオープンになったな、と思う。


 枕許に立ち、変わらぬその顔を覗き込んで呟いた。


「……花、忘れちゃいましたよ」


 十何年と此処に通って来た。

 こんなことは初めてだ。


 でも、その理由はわかっている。


 正直、もう此処に来る意味があるのかもわからないが、それでも、この日に通わなければ落ち着かない気持ちになる。


「なんで来たの?」

という声が入り口でした。


 よく見る制服を着た少年が立っていた。


「なにしに来たの?

 もう来なくていいじゃない」

と嗤う。


「すべてを否定するのなら、君こそ来なくていいはずよ」


「否定はしてない」

と言いながら、彼は後ろ手に扉を閉める。


「ただ消し去りたいだけだよ、佐々木明路。

 なんて眼してるの?」

と傍に来た彼は、胸に流れる髪に触れて言った。


「僕を恨んでる?」


「……いいえ」

 そう言いはしたが、気持ちは釈然とせず、声は沈みがちだった。

 

 

 やばいやばい。

 ライブのチケット、ロッカーに忘れたままだった。


 病院を駆け抜ける私服姿の聡子を、あれえ? という顔で後輩の子が振り返る。


 苦笑いして、走り抜けた。

 どうして、勤務時間でもないのに居るのか、と思われているのだろう。


 ナースステーション奥にあるロッカーに向かおうとして気がついた。

 あの病室の扉が閉まっている。


 今日は二十四日。

 なんだか厭な感じがした。 


 そっと近づき、廊下の奥にあるその病室の前に立つ。

 話し声は聞こえないが、人の気配はする。


「失礼します」

 少し迷って、扉を開けた。


 ベッドの枕許に明路が居て、そのすぐ傍に高校生らしき少年が居たが、自分が開けたとき、明路から距離を取った。


 なんだか落ち着かない気持ちになったのは、明路と少年の距離が近すぎたせいか。


 それとも、その顔のせいなのか――。


「……え」

と聡子は一瞬、止まる。


「あの、ご親戚かなにか?」

 そう呟く自分を見て、少年は笑う。


「服部くん」

と明路は彼を呼んだ。


 服部?

 なんで?


 っていうか、そういえば、平日の昼間なのに、この子。


 単位分ほど授業を受ければ、後は帰れる学校もあるからそれでだろうか。


「じゃあね、佐々木明路さん」


 そう明路に手を振った彼は、チラとベッドに寝ている人物を見た。

 こちらに向かい、軽く笑いかけたあとで出て行った。


 ……なんか、微妙に上から見下されてるような。


 開いたままの扉を見ながら聡子は呟く。


「ねえ、誰あれ?


 なんでおんなじ顔……

 身内?」


 っていうか、なんで服部って――。


 明路は、

「まあ……、ぼちぼち身内かな」

と言う。


 そのあとは、浮かない表情のまま、コートのポケットに手を入れ、何事か考えているようだった。











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