公衆電話

  

「佐々木明路は何処に行った?」

 捜査本部で大倉がいつものようにわめくのを藤森は聞いた。


 それが日常会話となっているのは、事件がなかなか解決しないからであり、

 明路がいつも居ないからであり、ああ見えて、大倉が明路を頼りにしているからである。


 ――と自分は思っている。


「さっきまで居たんですけどね~」

とお茶出ししながら、笑顔で答える屋敷。


 いいや、居なかった。

 明路のシンパめ。


 しかし、明路を庇おうとしても、本人は何も気にしていないので、やってきた途端、朝から居ませんでした、としゃあしゃあと言い出しかねない。


 あの女庇うと馬鹿を見るぞ、屋敷、と思いながら、藤森は見ていた。


「藤森ーっ」

「はい」


「お前、なんで、見張っとかないんだ」


 お言葉ですが、私は別に、佐々木明路の見張り役では……、

と心の中で弁解していた。


 口に出すと、うるさいからだ。


 っていうか、完全に所轄に仕切られてるのもどうなんだ、と思っていた。


 他の事件も起こって、別の所轄に人が流れたこともあり、経験と人数で、大倉に押し切られていた。


 まあ、確かに、付いていると、勉強になることも多いしな、とは思う。


「あの~」

とひょろっとした所轄の若い刑事が大倉に声をかけた。


「佐々木さんなら、病院かと」

「病院?」


「今日、二十四日ですから」

 ああ、という顔を大倉はする。


「……この間かと思ったよ」

と渋い表情を見せた。


 どういう意味か、掴みかねた。


「わかった。藤森」

「はい」


「戻ったら、捕まえとけ」


 明路が聞いたら、まず、犯人を捕まえろと言って、大倉を怒らせそうだな、と思いながら、

「はい」

とだけ繰り返しておいた。


 

 何か自分の代わりに、藤森辺りが怒られていそうだ。

 そう思いながら、明路は病院のロビーを歩いていた。


 いつ見ても騒がしい場所だ。

 活気に溢れている。


 生きている人間以外の……。


 受付の横。

 壁沿いにあるソファに腰掛けたおばあさんが手を振っている。


 笑顔で頭を下げた。

 顔馴染みだ。


 生きてはいないが。


 ちらと横目に珈琲ショップを見ながら、今日は現れないようだな、と思う。

 そのまま、階段を目的の階まで上がる。


 すべての、ではないが、エレベーターは苦手だ。

 ナースステーションの前を通ったが、聡子は今日は居なかった。


 遊びの予定用に、勤務のスケジュールも貰っているのだが、それこそ、遊ぶときにしか見ないので、把握はしていない。


 その部屋に行く前に、公衆電話が目についた。

 今も、結構あるんだよな~と思いながら、それを受話器を手に取る。


 覚えている番号を押した。


 最近の知り合いなどは、携帯に登録しているので、記憶する必要もないが。


 ちなみに、増えたばかりの番号は屋敷のものだ。


 いつの間にか入れられていた。

 酔っていたので、あまり覚えていない。


『いつでもお暇なとき、誘ってくださいね』

とか素敵な笑顔で言われたが、特に暇になる予定もない。


 年下で可愛いって、聡子が好きそうだな、と思いながら、明路は呼び出し音を聞いていた。


 五回鳴ったところで相手が出た。


「……まだ生きてた?」

と訊いてみる。


 いつものように、罵詈雑言が飛んでくる。


 そのことに安心して、電話を切った。


 すぐに立ち去ろうとして、振り返る。


 後何回、この電話をかけられるだろう――。

 そう思いながら。


 今も鮮明に覚えている、その番号は、服部由佳の屋敷のものだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る