爆発事故

 

 生きてる?

 消えた服部由佳が?


「おーはーよー」

 のろのろと二階から明路が起きてくる。


 まあ、起こさなくても起きて来ただけで、及第点か、と浅海は思った。


 あの旧校舎の爆発事故のとき、明路、他、数名の生徒が巻き込まれた。


 幸いたいした怪我人も出なかったが、居るはずのない旧校舎に居たことで、問題になり、事故の責任も負わされた。


 他の者は明路を追って来た、と明路が主張したこともあり、人様に累が及ぶようなことはなかったが。


 しかし、事故後の処理により、休校となっていた学校が始まってみると、一人の生徒が消えていた。


 服部由佳。


 彼が事故現場に居たという話は、その場に居た誰もしなかったが、知らない間に巻き込まれたのではないかと言われ。


 現場の捜索が行われたが、死体は出て来ず、結局、別の事件だろうということになった。


 その後も続いた警察の捜査でも、由佳の所在はわからず、未だに現代の神隠しと言われている。


 事件の真相は、明路の母親である自分にもわからない。


 あの頃、たぶん、複数の事件が、明路の周りで交錯していたから。


 しかし、事件の真相はわからないが。

 明路の心を未だに縛り付けているのは、服部由佳であるという事実には間違いないと思う。


 他にどんな大きな出来事が明路の身に起こったとしても――。


 それと心はきっと別だ。


「味噌汁だけちょうだい」

 欠伸をしながら言い、明路は新聞を手にダイニングの椅子に腰掛ける。


 その様子を見ながら、おっさんか……と浅海は思った。


 娘は段々、母親に似てくるというが、明路は父親に似てきた気がする。

 やはり、早く結婚させなければ、と焦ってしまう。


「あんた、休みの日とかないの」


「今、あるわけないじゃない。

 家帰って眠れるだけありがたいくらいのもんよ」


 ちっ、と舌打ちをする。

 だから、刑事になんてなるなと言ったのに。


 過労で倒れる同僚も多い。

 女には向いていない職場だと、自分などは思うのに。


「たまには劉生さんと何処か出かけてきたら?」


 明路は、はあ? という顔をする。

 何を唐突な、と思ったようだ。


 唐突ではない。

 こちらもいろいろと焦っている。


 この間、勧められて作ってしまった留袖も早く来たいし。


『娘さん、まだ独身なんですか。

 じゃあ、これからですねー』

と笑顔の呉服屋に安くしてもらって。


 と言っても、かなり高いのを安くしてもらったので、あのまま箪笥の肥やしにはしたくない。


 まあ、姪の結婚式もあるが、海外という噂もあるので、留袖は持っていかないかもしれないし。


 明路。

 早く結婚して、と願う理由は、いつの間にか、別のものにすり替わっていた。

 





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