お裾分け

 

 美しい女が黒い格子の向こうからこちらを見ている。


 白い手が彼女を外界から隔絶する、その格子を掴んでいた。


 そのきゃしゃさが開けてと訴えているかのようだった――。


 


「おはようございます」


 唐突に勝手口の方でした声に、明路の母、浅海あさみは顔を上げた。


 味噌汁のいい香りがする蒸気の中に、顔を突っ込んで味を見ようとしていたときだった。


 明路はいつかテレビで味噌汁は美容にいいと聞いてから、せっせと飲んでいる。


 そういうことに興味ないように見えて、一応、気にしてんのね、と思う。


 もういい歳だ。

 とっとと結婚して欲しいものだが、いろんな意味でハードルが高い。


 そんなことを思いながら、浅海が勝手口を開けると、劉生が立っていた。


 手にはビニール袋を持っている。 


「すみません。

 朝、ウォーキングしてる親戚が持って来てくれたんですけど、どうぞ」


 中には山菜がたっぷり入っていた。


「まあ、こんなにいいんですか?」


「うち、毎度貰うんで。

 一人暮らしですしね」

と彼は苦笑する。


 いい笑顔だ。

 どうして、明路はこの人と結婚しないのかね、と思っていた。


 嫌いではないようなのに。


 まあ、推測できる理由はふたつある。


 だが、より重いのはどちらかわかっていた。


 明路より、年下の従妹の結婚が決まったこともあり、思わず、口に出していた。


「ねえ、劉生さん。

 明路を貰ってくれない?」


「はい?」

と訊き返される。


 山菜のお返しにあげる的な軽い口調だったからだろう。


 でも、私はまだ諦めてはいない。


 明路を結婚させること。

 大きく道を外れたあの子の人生を普通に戻すこと。


 結婚がすべてではない。

 それなくしても、幸せにはなれるだろう。


 だが、今の明路が幸せだとは、とても思えない。


 何か大きな転機が必要だと思っていた。


「あの子は服部くんの亡霊にとり憑かれてるのよ」


 明路には霊感がある。

 だが、そういう意味ではない。


 明路の心は、未だ消えた服部由佳の傍にある。


 だが、その言葉に劉生は考え込む。


「……亡霊ですかね」

 何故か、そう呟いた。


 彼は顔を上げ、いつもと違う、左右非対称な顔で、

「生きてるんですよ、きっと」

 そう笑って見せた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る