写真

   

 屋上からは町がよく見渡せた。


「屋上好きな奴が居て、よく寝てたな、此処へ来て」


 横で手すりに寄りかかり、同じ珈琲を飲んでいる眉村が言う。

 その目は眼下に広がる夕暮れの町を見下ろしていた。


「元気な奴って、隙があれば寝てるよな」


「そうですね。

 自分はあまり熟睡出来ないたちなので、そういうの、わかりませんが」


 そう言うと、彼は嗤い、

「悪い夢を見るからだろ」

と言う。


「……佐々木明路は居ませんでしたよ」


「卒業アルバムにか?

 居るわけがない。


 彼女は事件のあと、留学してそれきりだ。

 大学もあっちだったから、この辺りで何を調べてもわからないよ、服部怜」


「その彼女が、何故、帰国して、日本で警察に?」


「どうしても、調べたいことでもあったんじゃないかなあ」

 いつものすっとぼけた調子で眉村は答える。


「キャリアにもならずに、一警察官として、地道にコツコツやってきたようだよ」


 いや、あの態度を見て、地道にコツコツとか言われても、ピンと来ないが。 


「佐々木明路の入学式の写真。

 今の彼女とは別人でした。


 そして、何処を見ても、貴方は居ませんでした。

 明路たちの入学式の写真の何処にも。


 貴方は――


 誰なんですか?」


 眉村は振り向いて笑う。


「面白いな」

「はい?」


「君は真っ先に訊くだろうと思ったことを訊かない。

 やはり、悪い夢を見てるんだな」


 そんな言い方を眉村はした。


「写真を見たら、真っ先に目につくものがあったはずだ。

 問わないのは、最初からそれを知っていたからだ」


 手すりに背を預けた彼は、満足そうに笑う。


「こうして思い返してみると、学校生活って、なかなか楽しかったよ。

 だから、僕は今、此処に居る。


 君も楽しむといいよ。

 僕は君は嫌いじゃない。


 ……ま、顔と声と、名前が嫌いだが」


 それ、ほとんど、全部じゃないだろうか、と思いながら、眉村が軽く手を上げ、いつもの人なつこい笑顔で去って行くのを見送った。


 もう一度、手すりに向き直り、そこに縋って、町を見下ろす。


 眉村にもらった珈琲は底に少し残っていた。

 紙パックの中で揺れる感じでわかる。


 もうぬるくなっていることだろう。


 ずっと――


 悪い夢を見ている。


 でも、現実の日差しの方が強く、夢はすべてそれらに取り払われていた。


 今までは……。


 悪い夢が現実を覆って行く。

 それはきっと、自分の心がそれを許したからだ。


 その夢の方が、現実よりも、魅力的だからだ。

 そう、思い始めている。


 佐々木明路に出逢ってからは――。

 


『服部くんっ!』

 


 ダカラ


   記憶ヲ……

 



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