あやかし

  

「先生」


「はい、おはよう。

 遅刻するなよ」


 怜は門のところで、再び、眉村と出会った。


 生徒の二、三人は跳ね飛ばしそうな勢いで、車を飛ばした彼は、もう以前からそこに居たかのような顔で、そんなことを言う。


 あんたも遅刻だろうが、と思いながら、その顔を見たが、とりあえず、喧嘩は売らないでおいた。


 聞きたいことがあったからだ。


「先生」

「なんだ」


「先生は、佐々木明路……さんの知り合いなんですか?」


 ああ、と眉村は頷き、

「彼女は此処の生徒だったからな」

と言う。


「だから、お前の先輩になるな。


 そうだ。

 母校で語るとかよくあるじゃないか、なりたい職業の人が。


 刑事とかいいよな。

 今度来てもらおうか」


 などと呑気なことを言い出す。


「先生は、彼女の先生だったんですか」

 そう言うと、眉村は心外な、という顔をする。


「お前、僕を幾つだと思ってるんだ。

 僕は彼女と同じクラスだったんだけどね」


「え?」


「彼女は同窓会とか来ないから、そんなに接点ないけどさ。

 まあ、あんな事件があっちゃね」


「事件?」

 ぽんぽん、と眉村は頭を叩いてくる。


「余計な過去を掘り起こしてもロクなとにはならないよ、服部怜」


 眉村は何故だか、自分をフルネームで呼んできた。


「ほら、チャイム鳴るぞ」

と尻を叩かれそうになって、グラウンドに駆け込む。


 

『相変わらず、授業、聞いてないね、服部くん』

 浮遊する男子生徒が、目の前をちらちらしながら、言ってくる。


 待て。

 お前こそが、授業の邪魔してるだろう、と怜は思った。


『なあ』

とノートの端に書く。


『あんな事件ってなんだろうな』


『事件?

 事件ならいつも起きてるよ。


 さっきから、神崎葵が消しゴムを落としたことに気づいてなくて、それに気づいた男共が、誰が拾って彼女に渡すか、牽制し合っている』


 そんなどうでもいい事件じゃなくて……。


 第一、見かけはともかく、葵はナイトのように、うやうやしく消しゴムを拾ってやらなければならないような、か弱い感じの女ではない。


 そのとき、何故か、高校の制服を着た明路の姿が頭に浮かんだ。


 しっくり来ないな。

 何か違和感がある。


 しかし、明路なら。

 人が消しゴムを拾い、ゴミまで払ってくれるのを、当然のように、ぼうっと見てそうだな、と思った。


 謙虚そうに見えて、どっか何様な感じなんだよな。


 余程、家がいいのかな、と考える。



 

 ドンドン。


 休み時間。

 怜はめんどくさいので、そこを靴で蹴ってみた。


「やかましいわっ」

と中から叫び声が返ってくる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが」


「お前はケーサツかっ」

とトイレの個室から怒鳴って来たのは、この学校の座敷童だ。


「つかぬことを伺うが」


「お前はいつも、つかぬことを伺ってるよ」

と彼女は溜息をついて見せる。


「此処で以前に起きた事件といえば、なんだ?

 たぶん、一番大きな奴だな」


「……十六、七年前のあれか」


「あれ?」

「旧校舎が爆発した奴だよ」


 ああ、と怜は頷く。


「他には?」


 童は少し考え、

「ま、ないかな」

と言った。


「その事件に、佐々木明路が絡んでいるか?」


「懐かしい名前だな」

と彼女は言った。


「だが、まあ、それについて語ることは出来ん」

「なんでだ」


 そのとき、ゆっくりとドアが開いた。

 外側に。


 これ、内開きだった気が、と思いながら、現れたのっぺりとした子どもの顔を見る。


「お前の顔が嫌いだからだ」


「名前が嫌いだとか顔が嫌いだとか。

 いろいろうるさい連中だ。


 いつだったのか、調べりゃわかるな」


「調べてどうする」


「事件当初、佐々木明路は此処の学生だったんだよな」


 しつこい自分に、腕を組んだ童は溜息をつきながらも、教えてくれる。


「そうだな。

 此処の二年生だった」


「そうか。

 ありがとう」


 それだけ言い、スタスタ行こうとすると、

「ほんと……お前は態度までも、そっくりだ」

と厭そうに呟く。


 入学式の日に、このあやかしを見つけた。


 ドアを開け、最初に対面したとき、こちらよりも座敷童の方が驚いていたことをふと思い出す。






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