知らないんですね

 

 なんだかんだ言いながら、送ってったな。

 そう思いながら、藤森は繁華街を歩いていた。


 そのまま帰れないこともない。


「もう一軒行きますかー?」

 などと屋敷が訊いてくる。


 大倉はかなり出来上がっていて、他の部下が送っていった。


 屋敷は上機嫌のようだ。

 どうやら、こいつは佐々木明路のファンらしい、と推測する。


 まあ、美人だな。

 スタイルもいい。


 能天気そうに見えて、ふっと陰りのある表情を見せるところも、うっかりそれを見た男の気を惹きつけるには充分だ。


 加えて、霊能力を抜きにしても、仕事ができる。

 頭の回転が速いからだろう。


 記憶力はどうだかなって感じだが。


 昨日、課に置いたお洒落な砂糖壷とやらが、翌日にはわからなくなっている。


 砂糖壷をわざわざお洒落にする意味がわからないが。


 いい服着てるわりに、服にこだわらないと聞いたが、雑貨にはこだわりがあるようだった。


 そんなことを考えていたら、突然、屋敷が妙なことを訊いてきた。


「湊部長は、明路さんが好きなんですかね?」

「……あの人、妻帯者だろう?」


 そう言うと、彼は困った顔をする。


「藤森さん、知らないんですね」


 知らない?

 何を――?


「ま、湊部長は、自称愛妻家ですけどね」


 自称かよ。


「部長の奥さんのご友人だったそうですよ、明路さん」


 だったってなんだ。

 部長を挟んで揉めたのか。


「弟の婚約者って話も聞いたぞ」

 どうですかね~、と屋敷は訝しげだ。


「ま、俺から見たら、あいつは、おっさんよりも高校生の方が好きそうだが」

「は? 高校生?」


 その屋敷の問いには答えなかった。


 あの佐々木明路と似た少年。

 あれを見ているときの明路と、部長を見ているときの明路は全然違う。


「そういえば、明路さんの服買ってるの、湊部長だって噂があるんですが」

「噂も何も、俺にははっきりそう見えたぞ」


 自分の買った服だから、明路の着こなしにケチをつけたのだろう。


 自分たちの目から見れば、充分だが、洒落者の湊からすれば、いろいろ思うところあるようだった。


「いいなあ。

 僕も明路さんに、お洋服とか買って差し上げたい」


 おいおい。


「あの人、セーラー服とか、ブレザーとか似合いそうですよね」

「何処の店だよ、そりゃ」


 だって、瞳が奇麗なんですもん、とか目を輝かせて言っている。

 お前の方が高校生か、と思った。


「俺はあいつは……」


 初めて逢ったときから――


「はい?」


 血の匂いがする。

 そう思った。


 だから、苦手だ。

 或る通りの前へ来て、足を止める。


「屋敷」

「はい?」


「もう一杯、呑んでくか」

「もう~っ、なんで繁華街通り過ぎてから言うんですかっ」


「スナックでいいだろ、その辺の」


「ええーっ。

 母親くらいの歳のおばちゃんしか居ないんでしょ。


 僕、奇麗なものしか好きじゃないんですっ」


「お前の母親、幾つだ」

「五十四ですよ」


「じゃ、それより、ちょい若いのが居る店に連れてってやる」


 ええーっ、と文句を言いながらも、屋敷は付いてきた。


 だが、違う道を歩きながらも、自分の心は、今、行かなかった道を歩いていた。






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