似ている……

   

 明路の後を追って行けと言われた藤森は、少し遅れ、なおかつ、遠回りしながら、事件現場に向かっていた。


 遠回りしたのは、早くに追いつきたくなかったからと、もうひとつ理由がある。


 だが、割合すぐに現場に着いてしまい、しかも、ちょっと立ち入れない場面に出くわしてしまった。


 佐々木明路は、事件現場に立ち、男子高校生と向かい合っている。


 やたら奇麗な顔をした少年だが、誰かに似ていると思った。


 それが誰なのか、すぐに思い当たる。


 佐々木明路と似ているのだ。


 なんの話をしているんだか、ちょっと妙な雰囲気だな、と藤森は物陰で足を止めた。


 そのまま様子を窺おうと思ったが、何故か明路が、ん? という顔をし、こちらを見た。


 びくついて、更に塀の陰に隠れようとしたが、いやいや、ますます怪しいだろうと思い直し、出て行くことにした。


「おう……」


 なに、高校生ナンパしてんだ、といつものように皮肉な口調で言おうとしたが、何かうまく言葉が出なかった。


 軽く頭を掻いたあとで、素直に問う。


「なんでわかった?」


 明路はこちらを真っ直ぐに見据えたまま、

「そこに居た霊が教えてくれたから。

 ちなみに、犯人もそこから現れたそうよ」


 そう言われ、なんとなく、ひっ、と身を引いてしまう。


 そんな自分と明路を少年は冷めた目つきで眺めていた。


 従兄の子と同じくらいの年頃だと思うが、なんだか可愛くない奴だな、と思う。

 人を食ったような顔つきとでもいうか。


 そんなところも、明路とちょっと似ている、と思った。


「じゃあね、服部くん」

 何故だか、明路は言いにくそうに彼をそう呼び、手を振る。


 おい、此処での用事は終わったのか、と思ったが、ともかく、明路はこの場を立ち去りたいようだった。


 

「じゃあね、服部くん」

 明路は手を上げ、行ってしまう。


 なんだか追うこともためらわれて、怜はその場に立ち尽くしていた。


 こんなときには、生意気な葵でもやってきて、ガツンと何か言ってくれた方がいっそすっきりするんだが、と思いながら、向きを変えたとき、明路が消えたのとは、逆方向の通りに、見たこともない制服の少年が立っているのに気がついた。


 整った面差し。

 少し女性的でもある。


 唇の血色がいいせいかもしれないと思った。


 彼はこちらを眺めていたが、そのまま、踵を返し、行ってしまう。


 なんなんだ……と思いながら、怜はそれを見送った。



「解決したと言っては呑み、解決しないと言っては呑み。

 呑気だな、ほんとに」


 町の繁華街から少し外れた、所轄に近い場所にある居酒屋に明路たちは居た。


 最初から毒を吐きながら、湊が現れる。


 藤森の横に座っただけでも、面倒臭いのになあ、と思いながら、明路はこんな店には不似合いな仕立てのいいスーツを着た男を見た。


「部長。

 別にわざわざこんな末端の呑み会に顔を出さなくていいんですよ」

と明路は言ったが、湊は、


「大倉さんもいらっしゃってるとは珍しいですね」

と大倉を向いて言う。


 ガン無視かい。


 自分の言葉をスルーし、大倉の方を見たまま、湊は明路の横に腰かけた。


「通り魔だとか通り魔じゃないとか、いろいろ言い出すお嬢ちゃんが居るもんでね」


「今日は、あの霊には逢えなかったんですけど。

 違う近所の霊が現場を見てたらしいんですよ」


 一応、そう説明すると、

「……違う近所の霊ってなんだ」

と手許の酒を見たまま、厭そうに藤森が呟く。


 大倉はそのまま、気さくに湊に話しかけていた。


「あんたこそ、珍しいな。

 こんなに事件に首を突っ込んでくるなんて」


「噂の通り魔かもしれないと聞いたので」


「ま、嬢ちゃんは違うと言ってるがな~」


「知り合いが通り魔なら、どちらも正解ってことになりますよ」

と明路も一応、口は挟んでみた。


 大倉は、湊に、

「あんたのお気に入りの佐々木明路が事件に首を突っ込みそうだからかと思ったよ」


 そう冗談めかして言ったが、湊は鼻を鳴らし、

「俺はこいつの動向を見張ってるだけですよ」

とこれまた、心底厭そうに言う。


 此処のメンバー全員が私に敵意がある気がするんだが、何故、私は此処で呑んでるんだろうな、と思った。


 よくこいつと呑むと酒がまずくなる、などと言うやからが居るが、私は誰と呑んでも、美味しいものは美味しいが――。


「あんたは、こんな店には普段は来ないだろう」

と大倉が湊に言っていたので、


「でも、湊部長は、オムライスが好きですよ」

となんでもある壁のメニューを指差し言うと、イメージを壊された湊は睨み、屋敷は、へえ、という顔をする。


「……マザコンだから」

「なんか言ったか、佐々木明路」


 ぼそりと呟いた言葉を聞き逃さずに、湊が言う。


 でも、本当だ。

 湊は、母親の作ったオムライスが好きなのだ。


 どうでもいいが、何故、みんな私をフルネームで呼ぶのか。

 まるで、私が『佐々木明路』であると、確認させているかのようだ、と思った。


 少し呑んだところで ――というか、湊は大抵、呑むふりをして、呑んでいないのだが。


「今日、行ってきた」


 そう声を落として、湊は言った。


「そうですか」

 湊に伝えていないことがある。


 ――というか、非常に言いづらいことがある。


 知ったら、彼は、それを裏切りだと言うだろうか?


 藤森が窺うようにこちらを見ていた。




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