明路の約束

 

 奇麗な夢ばかり見ている。


 寝てばかりいた爺様のように、気がつけば、うとうととしている。


 現実には見た覚えのない美しいものの夢を見ながら、これもまたご褒美かな、と思っていた。


 ご褒美か。

 なんのだろうな。


 魂を永らえたご褒美か。


 長く意識を保っていただけで、特にこの世になんの貢献もしていないが、と思ったとき、誰かがこちらを覗き込んでいるのに気がついた。


 愛らしい少女の顔。


「――明路?」

 そう呼びかけ、意識を現実に揺り戻す。



 病院の光景はいつも同じようで、いつも違う。


 移動の途中、聡子はその病室を見た。

 まあ、此処だけはいつも変わらないか、と思いながら。


 見知った人影が、そっとその部屋に入って行くのが見えた。

 人目を避けるように。


 例えその人影が患者の息の根を止めに来たのだとしても。


 ま、私は何も言わないけどね。

 そう思いながら、そこに背を向けた。

 

 いっそ、そうして欲しいと願っているから――。

 

  

 暑いな~と思う。


 藤森が居たら、

『だから、コートを脱げ』

と言われるだろうな、と思いながら、明路は街角に立っていた。


 あの事件現場だ。


『もう一回、話を訊いてこい』

と言われて、本部を追い出されたが。


 簡単に言ってくれるよな~と思っていた。

 地縛霊ならともかく、そう思うように、その辺の霊が現れてくれるわけもない。


 霊もまた移り気だ。

 あっちこっちと、心残りのある場所に行ってみたり、祟ってみたり。


 それなのに……。


 ああ、こういうのって、なんて言うんだっけな、ほら。


 運転できない人間が、いきなり、

『はいっ、そこで曲がって!』

とか言い出すあれだな。


『なんで今のとこで曲がんなかったのっ』

 って、言われるけど、車は急に曲がれないんだってば。


 大倉たちの主張はあれと似ている、とか考えながら、霊の居なくなった道で目をしばたたいていた。


 やばいぞ。

 ともかく、早くどうにかしなければ。


 高校生ってのは、やたら早くに学校が終わったりするからな。


 湊に、二度と此処に来ないと約束した。


 いや、違うか。

 二度と、服部怜と逢わないと約束したのだ。


 だが、別に今更会ったってな~、と思う自分も居る。


 何事も起こりはしない。

 このまま、ただ、ゆるゆると時は過ぎていくだけなのだ。


 何も解決することもなく――。


 短く伸びた己れの影を見ていると、

「こんにちは」

という声が背後からかかった。


 霊にしては、はっきりした声だ。


 昔よく聞いた声。


 一瞬、走って逃げようかと思ったが、それも大人げないな、と思い直す。


 第一、逃げたら、襟首でも掴まれそうで――


 いや、高校生がいい大人の襟首掴まないか。


 覚悟を決め、振り返った。


 心臓に悪いその顔を見ながら、

「こんにちは。

 えーと、服部怜くん?」

と言うと、怜は冷たい眼でこちらを見、


「わざとらしいですね」

と言う。


 顔が整ってるだけに怖い。


「貴女はこの間、俺の名前を嫌いだとわざわざ言った。

 そんな名前を忘れるわけないでしょう」


 ……そうですね。


 そのあと、妙な沈黙が流れる。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る