捜査本部

 

「で?

 今回の話は、どの辺まで信用できるんだ?」


 一通り聞いたあとで、大倉が言った。


「さあ?」

 さあじゃねえだろ、と目で凄まれる。


「だから、霊の言うことも、何処までほんとだかわかんないんですってば。


 耳許でエンドレス、あいつが犯人だと言い続けてても。

 あ~、でも、犯人違うよなあってときもありますしね」


「何故、違うとお前さんにわかるんだ」


「そりゃ――

 犯人を知ってるからですよねえ」


 大倉は眉根を寄せた。


「その事件はどうなった?」

「終わりましたよ」


 それで話を終える。


 終わりましたよってなんだ。

 どういう意味でだ、と藤森が目で訴えてくる。


 視線だけで会話できるほどの仲ではないはずだが、藤森も大倉も目だけで問うてくることが多い気がするのだが。


 単に、二人とも、呆れて口がきけなくなってるだけなのだろうか。


「今回の件、正しいかどうか。

 誰か別の霊が見える人間に訊いてみたらどうだ」


「そうですねえ。

 見える方は、意外にたくさん居らっしゃるようですが、なかなかこういう現場では言えませんしねえ」


「……湊はどうだ」

 上司を呼び捨て、大倉は言う。


「湊部長は霊は見えませんよ」

 少し、驚いた顔をした。


「あいつ、いつか自信持って、お前の言うことを信用しろと言い切った!?」


「考えなしなんで」

と自分もまた、上司を切り捨てる。


「そりゃあ、よっぽど、あんたを信用してるんだろうな」


 そう大倉が厭味がましく言ってきた。


「まあ、そういうことに関しては」

 他人はどう思っているか知らないが、基本、仲が悪いのだが。


 ふん、と聞こえるように鼻を鳴らし、大倉は行ってしまう。


 その指示を聞いていると、とりあえず、こちらの言ったことは信じてくれたようだった。


 ……よっぽど困ってたんだな、と明路は思った。


 

 

 厭な予感がする、と湊は思った。


 また奴が何かしでかしてそうな……。


 捜査本部の前を通りかけ、入るかどうか躊躇していた。


 一言現場の刑事たちに、ねぎらいの言葉をかけていくのも悪くないと思ったのだが。


 厭な予感がする。


 あいつが居る気がする。


 人は自分たちの仲をどう思っているのか知らないが。


 一緒に、とある事件について調べたそのときから、もう本当に相性が合わないとしかいいようのない相手だった。


 あれが俺の愛人とかいう噂があるそうだが、勘弁して欲しい、と思っていた。


 第一、自分には、この命より大事な妻が居る。


 元より恐妻家で知られていた自分が愛人など作れようはずもないではないか。


 そのとき、本部のドアが開き、可愛らしい顔をした男が書類の束を手に現れた。


「あ、湊部長。

 明路さん、いらっしゃってますよ」


 だから、明路の顔は特に見たくないんだが、と思ったが、せっかく教えてくれたのに、申し訳ないと思い、


「そうか」

とだけ答えた。


 そして、その流れから、本部の中に入らざるを得なかったが、中に居た明路は、こちらを見て、案の定、厭な顔をした。


 しかも、呑気に珈琲など飲んでいる。

 仕事しろ、と自分を棚に上げ、思った。


 明路の横に居る、藤森と言う刑事が、何か疑わしげな視線をこちらを向け、明路を見る。


 だからな。

 せめて警察内では、噂も正確に伝えて欲しいもんだが、と思った。


 一般に、明路の立場を表す言葉は愛人ではない。


 明路は俺の――


「湊」

と何処からか現れた大倉が呼び捨てにした。


 だが、自分はこの男には頭が上がらない。

 或る事件のせいだった。


 大倉は、くい、と彼の後ろに座っている明路を親指で示し、

「このお嬢さんが、通り魔の可能性は排除しろと言っているんだが」

と言う。


「よかったな、明路。

 まだ『お嬢さん』と呼んでもらえて」


 明路はこちらを見上げ、軽く睨んでみせた。



 

 『明路』かよ、と思いながら、藤森は湊を見上げていた。


 自分たちよりは、随分年上のはずだが、若々しく、それでいて、大人の落ち着きがある。


 まあ、こういう風に歳をとりたいな、と思わなくもないが。


 ちら、と横の明路を見る。

 湊はすぐ近くで大倉と話しているが、素知らぬ顔で珈琲を飲んでいた。


「通り魔じゃなくて、知り合いなんだと」


「どのみち、最初から両方の可能性を考えてらしたんでしょう?

 こんなときですから」


 何故、湊の方が敬語だ?

と思いながら、この二人が話しているのを初めてマジマジと見つめる。


 明路にその理由を訊いてみようかと思ったが、今、この場では訊きづらく、黙っていた。


 湊と大倉は、前へ移動し、地図を眺めているようだった。


「おい」


 なに? と明路がこちらを向く。


 少し迷って開いた口から出たのは、全く違う問いだった。


「あのとき――

 お前が霊に向かってしゃべり出したとき」


「ああ、いきなり話し出して悪かったわね」


 こちらが驚いたのを、突然、霊と語り出したからだと思ったようだ。


「そうじゃない。

 あのとき、お前が『通り魔を探している』と言ったとき、妙な決意みたいなものを感じたんだ」


 何かあるのか、と問うと、明路は、こちらに向き直る。


 不覚にも淡い色の瞳に間近に見られて、どきりとしてしまった。


「そうか。

 この辺の人間じゃないから知らなかったんだ」


 そう言い、笑う。


 知らない? 何を?

と思ったとき、湊が大倉に頭を下げ、こちらにやってきた。


「なあ。

 なんで、湊部長は、大倉さんに対して、あんなに腰が低いんだ?」


 脚を組んだ明路は、真っ直ぐに湊の方を見、

「そりゃ、大倉さんが居なかったら、今頃、警察官やってられなかったからでしょう」

と言う。


 その言葉が聞こえているのかいないのか、こちらに来た湊は、いきなり明路の胸許に手をかけた。


 ジャケットの一番上だけ明路は留めていたが、それを外す。


 彼女の全身を眺めたあとで、眉根を寄せ、

「どうもお前とは着こなしのセンスが合わない」

と真剣な表情で言い、去って行った。 


 ……普通人前で、女の部下の服のボタンを外すだろうかな、と思い、見送る。


 ちょうど誰も居なかったので、訊いてみた。


「お前と湊部長……」

 言い終わらないうちに、明路は笑い出す。


 空になったカップを手に立ち上がると、

「暇ねえ、藤森。

 でも、人の噂はよく聞きなさいよ、最後まで」


 そう言い、去って行った。


 その後ろ姿を見送りながら、脚なげえな、とどうでもいいことを思っていると、


「あの~」

と遠慮がちな声が背後からかかった。


 屋敷とか言う若い刑事だ。


 先程から、ステープラー片手にウロウロしている可愛らしい顔をした男だ。


 しかし、まあ、刑事という職についている以上、見た目以上に歳は行っていることだろうが。


「明路さんは、湊部長の奥様のお友達らしいですよ。

 それで、親しいらしいです」


 奥様ねえ。

 それにしても、と先程、ボタンを外した湊の指先を思い出しながら、訝しく思っていると、


「わしは、湊の弟の婚約者と聞いたがなあ」

とカップの珈琲に何を入れたのか、かき混ぜながら通り過ぎる年配の男が呟く。


『人の噂はよく聞きなさいよ、最後まで』


 先程放たれた明路の言葉を思い出したが。


 その噂が迷走してる場合はどうすりゃいいんだよ。

 そう思いながら、消えた明路の姿を視線だけで探していた。





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