霊の話
『殺されたんだよね~』
その霊は死体の形になぞられた印から、少しずれた位置にしゃがみ込んでいた。
この間まで居なかったのにな、と思いながら、明路は腕を組み、その霊を見下ろす。
『殺されたんだよね~』
霊は、そう繰り返していた。
何か言おうか、言うまいか。
放っておいても、べらべらしゃべり出すときもあるし。
あまり口を挟まない方がいいか。
大倉がせっかく頼ってきてくれたのだから。
ま、憎まれ口を叩きに来ただけに見えなくもなかったが。
とりあえず、なんとか事件が進展しそうな話を聞き出したかった。
『殺されたんだよ~』
いや、そこはわかってる。
だが、死んだ、という事実、殺された、というもう一歩踏み込んだ事実を理解してくれているだけでも有り難い。
まず、そこからわからずに浮遊している霊も結構居るからだ。
『殺されたんだよ~』
「誰にですか?」
ついに口を開くと、横に居た藤森がぎょっとした顔をする。
先程から、こちらの動かない目線の先を、胡散臭げに見ていたようなのだが。
『あいつだよ、あいつだよ、あいつ~』
「え~?
知り合いなんですか~?」
「なに残念そうに言ってんだ、お前」
藤森には、霊の声は聞こえていないのだろうが、話の流れでなんとなくわかったようだ。
知り合いなら、すぐに犯人が割れるだろうが、と藤森は言いたいようだ。
霊は何かを察したように、にやりと嗤う。
『知り合いじゃいけないのかい?』
「探してるんです、通り魔を」
藤森がぎょっとした顔でこちらを見た。
『通り魔ねえ』
にやつく霊の輪郭がはっきりしてきた。
興味が外に向いてきて、意志がはっきりしてきた証拠だ。
『それじゃあ、知り合いじゃあ駄目なわけだな』
「申し訳ありません。
余計な話をして。
どうぞ、貴方のしたい話をなさってください」
いやいやいや、と霊は笑っている。
こちらの話を聞きたいようだ。
おいおい、そうじゃなくて、と明路は思う。
生前の性格が強く出過ぎたようだ。
これなら、なんだかわからないまま、犯人の特徴でも、繰り返してくれた方がまだマシだった。
「……だからさ~、思ったように、うまくはいかないんだってば。
生きた人間の考えることと、この人たちの考えること、ちょっとずれてんだから、価値観も」
眉をひそめ、明路は、そう呟く。
この世に霊の見える人間なんてごまんと居る。
誰もが、どの霊とも、まともに意志の疎通が出来て、ちゃんと話が通じるのなら、それらの人々がみな事件を解決しているはずだ。
だが、そんなことにはならない。
使えねえ、とか藤森が思ってそうだな、と思ったとき、横から声が聞こえた。
「使えねえ」
「口に出して言うな」
そう思ってても、腹に納めておくのが大人ってものではなかろうか。
だが、自分も藤森もこの霊も、所詮、図体だけで、あとは大人ではないようだった。
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