危うく騙されるところだった

   

「なんだかんだ言って、お前は甘やかされてるよな」

 文句を言いながら藤森が付いてくる。


「何処が甘やかされてるのよ」

と明路は振り返らずに言った。


 所轄にある捜査本部まで、車を使わずに行くことにしたのだが、何故か藤森まで一緒に歩いてきている。


「結局、こうして、何もせずして、許されるんだからな」

「あんた、この間は、なんで霊の意見を取り入れないのかとか言ってなかった?」


「そういう風にも考えられると言っただけだ。

 実際、目の前で、お前が特別扱いされるのを見るとムカつくな。


 頑張って何かを成し遂げたわけじゃなく、元から持ってる力があるだけなのに」


「特別扱いってこと?

 特別に叩き出されて、特別に戻されるっていう?」


 普通の人間なら、まず叩き出される、の過程がないと思うのだが。


「俺なんか戻るために、頭を下げようとしたんだ」


 明路は一瞬沈黙したあとで言う。


「下げてないんじゃん」


 力強く言ったので、危うく騙されるところだった。

 下げようと思っただけで、下げてはいないようだ。


 頭を下げそうで下げない藤森を見兼ねて、誰かがもういい、と言ってくれたのに違いない。


「優しいね、みんな」

と明路は冷ややかに言う。


「なんなんだ、それは?」


 自分が言われるとキレるんだな……。


「ところで、なんで歩いてるんだ」


「もう一度、現場に行ってみようかと思って。

 せっかく大倉さんが呼びに来てくれたんだから」


「行かないと、約束したんじゃなかったのか?」


 ああ、とコートのポケットに手を入れたまま、ひび割れたアスファルトを見つめて呟く。


「現場に行かないと約束したんじゃないのよ。

 あの辺を通らない、と約束したの」


「なんでだ?」

「でも、今は大丈夫なはずだから」


「だから、なんでだ?

 おい、こら聞けっ、佐々木明路っ」


 だから、何故、フルネームで呼ぶんだ。


 先を歩きながら、明路は、うるさい声に耳を塞いだ。



 

「ねえ、葵。

 昼休み、ちょっと付き合ってよ」


 そう未來が言ってきた。


「いいけど?」

と言うや否や、サッカー部の部室に連れていかれる。


 プレハブのその建物の前で、

「なになになにっ?」

と葵は引っ張られながらも踏ん張った。


「私、サッカー部のマネージャーになろうかなあと思って」

「そうなの。頑張って」


「なに言ってるの、葵も入るのよ」


 こっち方面に来たときから、厭な予感はしていた。

 彼女がいいなと思っている人がサッカー部に居るのだ。


 そして、未來はこういうとき、必ず、道連れを作ろうとする。

 タチの悪い地縛霊のようだ。


「嫌よ。

 なんで私がサッカー部なんてっ」


「サッカー部とラグビー部のマネージャーは美人と昔から決まってるのよ、この学園ではっ。

 あんたをダシにして、私も入りたいのよっ」


「未來ひとりで大丈夫だってばっ」


 マネージャーなんて面倒臭いこと、死んでもやりたくない。

 私にマネージャーをつけて欲しいくらいだ。


 こういうところは、母親似かもしれない、と自堕落な己れの母を思う。


 母の姿を見ての反動で、きちんとしているように見せかけてはいるが、所詮は親子。


 残念ながら、根は同じだ。


「なに揉めてんだ?」

という声がした。


「あっ、先生っ」

と未來が振り返る。


 担任の眉村が立っていた。


「先生っ、葵をサッカー部に入れてよっ」

「と言われても、先生はラグビー部の顧問だしなあ」


 そういえば、そうだった。


 しかし、そうか。

 ラグビー部とサッカー部の部室は並んであるのだ。


 ますます入りたくないな、と葵は思っていた。


「先生、学生時代からラグビーやってたんですか?」


 ひょろっとした担任を見上げて未來が訊く。


「ああ、やってたやってた。

 友達が」


 ……まあ、顧問というのは、こういう感じのものだろうな、とは思っていた。


「ともかく、サッカー部には入らないから」

 そう言い、未來の手を振り払って戻ろうとする。


「葵~っ」


 すれ違うとき、眉村が笑った気がした。


「見えるんだなあ、神崎には」

と呟く。


 振り返った。

 あのグラウンドの前に立ち、眉村は、じゃあ、と笑って手を振っていた。


 その後ろに、白衣を着た男。

 機械を押して彼と私たちに向かい、歩いて来る。


 だが、別に、彼に我々の姿が見えているわけではない。

 ただ、彼は自分の進みたい方に進んでいるだけなのだ。


 しかし、無表情のままやってくる霊に身体を突き抜けられる方は、たまったものではない。


 溜息をついたとき、眉村が笑った。

 人なつこい笑みだった。


 どうも苦手だ、この先生は――。


 きっと相性が合わないんだな、と葵は思った。





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