病院

  

 廊下の角を少し曲がった、人気のない場所にその病室はある。


 明路は、開けられたままの扉から中を覗いた。


 眠っている人間の姿をそっと確認しようとしたとき、


「わっ」

と後ろで声がした。


 病院にあるまじき声を上げかけて、口を塞がれる。


「騒がないでよ~」

と耳許で言う彼女に、


「騒ぐわよっ」

と押さえた声で怒鳴り返した。


「なにやってんのよ、もう~っ」


 あなたは看護師でしょうが、と聡子を睨む。


「いやいやいや。

 あまりに神妙な顔してるから、ちょっと脅かそうかと」


 ……気を使ってくれているのだろうが、非常に余計なお世話だ。


 病室に入り、黙って顔を見ていると、

「いつまでこのままなのかしらね」

と聡子が後ろで言う。


「最初の頃はさ」

「ん?」


「あんまりあんたが覗きに行ってるから。

 あんたが犯人なのかと思ってたわ」


 本当にロクでもない友達だ。


「生き返って欲しくないみたいだった」

 でも、違ったのかも、と聡子は言う。


「こんな風に生き返らないと、単にあのときから確信していたの?」


 まさか。

 そうではない、と思ったとき、彼女が何か言いかけた。


「下で何か飲んで帰るよ」

と明路はその言葉を塞ぐように言う。


「私ももう少しで上がるから待ってて」


 結構気に入っている珈琲のチェーン店が下にあるのだ。

 珈琲以外のものを頼むことが多いが。


 小さく手を上げ、出ていく。


 聡子は笑っていたが。


 いつ頃からだろうか――。


 彼女にはわかっている気がしていた。


 

 明路が出て行くのを見送ったあと、聡子はベッドに近寄り、眠っている人物を見下ろした。


「お願い。

 もう死んで」


 そんなことを望むのはゆるされないと知りながら、今にも起き上がりそうな白いその顔を見つめた。

 


 

 聡子がすぐに来るのかわからないので、明路は階段を上り、屋上に向かった。


 途中で顔見知りの女の子の霊と遭遇し、こんにちは、と挨拶をする。


 病院で死んだ霊ではなく、この土地の地縛霊のようだった。


 せめて、この上から町を眺めて、殺人事件について、推理していましたと言い訳しよう、と思いながら、重い屋上の扉を開ける。


 強い風が吹き付けてきた。

 瞬きしたあと、外を見ようとして気がついた。


 気持ちがいいから居るのかわからない数体の霊。

 気持ちがいいから居るのかわからないおじいちゃんたち。


 そして――


 手すりのところにそれは居た。

 こちらに気づいて振り返る。


「……先輩」


 ああ。

 裏切り者が来た、と彼は嗤ってみせた。








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