通学路


 今日は居ないな。


 服部怜はあの事件のあった通りを歩いていた。


 もういいのか、警察。

 怠慢だな、と思いながら。


「おはよう、服部くん。

 今日は歩いてるのね」


 はなはだ失敬にも聞こえる台詞を言いながらやってくるのは、遅刻しても走らない女、神崎葵だった。


 あ、でも、今日は早いか、と葵が言う。


「早いよ」

とだけ短く答えた。


 葵には何もかも見透かされていそうで、怖いからだ。


 ちらと彼女は、現場の方を見、こちらを見、嗤う。


 ああ、困った女だ、と思った。


 おとなしげな可愛い子、という噂が先行しているが、もうひとつの噂通り、ロクでもない感じだ。


「神崎も今日は早いな」

「私はいつも早いわ」


 そう言うが、結構な確率で、朝出会っている気がするのだが。


「服部くんに会うために、時間調節してるのよ」


 また、本当か? と問いたくなるようなことをしゃあしゃあと言ってくる。


 だが、相手が葵なので、本気にはしていなかった。


 葵はもう一度、現場の方を見、

「今日は居ないのね、あの可愛い刑事さん」

と言う。


「可愛い?」

「あら、可愛くなかった?」


 どっちかと言うと、美人だと思うが。


 というか、女子高生目線だと、年上のお姉さんなので、美人、という表現になるかと思っていた。


 矢来たちは、そう言っていたようだし。

 まあ、葵の方が真実を見る目がありそうだから。


 確かに、顔立ち自体は可愛らしいという感じだったかな、と思ったとき、彼女は言った。


「あの人、服部くんと似てるよね」

「はあ?」


 親戚? と言う。


 あんな目立つ親戚が居たら、覚えていると思うが、記憶にない。


 刑事の親戚が居るというのも聞いたことがない。


 そもそも似てるか? と思ったが、

「よく、似てるわよ」

と葵は意味深に言う。


 

 そこで、佐々木明路を待っていたことで、罰が悪かったのか、服部怜は急いでいる風を装い、先に学校に行ってしまった。


 葵は足を止め、先程の現場を振り返る。


 昨日は感じた被害者の霊の気配がない。

 眉をひそめたあとで向き直り、怜の後ろ姿を見た。


 誰にも聞こえないであろう大きさで呟く。


「似てるわよ。

 貴方はあの亡霊そっくり」


 そう吐き捨てる。


 十六年前の呪い――。


 見上げた空は、いつの世も変わらず青い。


 葵は一人、ゆっくりと歩き出す。

 やがて、騒がしいかけ声とともに、未來が現れた。


「おはよう、葵っ」


 何故、部活中でもないのにかけ声をかけながら、走っているのか不思議だが。


 この友人の落ち着きのない賑やかさが葵は好きだった。


「おはよう」

と足を緩めてくれた彼女の横に並び、微笑みかける。


 すると、何故か、未來は赤くなった。


「照れるわ」


 同性なのに、何を照れるのかわからないが、彼女はよくそんなことを言う。


「葵はさー、誰かに似てるよね」


 別に、先程の怜との会話を聞いてたわけでもないのだろうに、そんなことを言い出す。


「誰?」

と笑いながら訊くと、


「えー。

 誰だっけな、思い出せないな~。


 うーん……


 服部くん?」


「……似てないわよ」


 冷たく言ってしまう。


「ああいう感じの美形よ。


 誰だったかな~。

 なんか見つめられると照れるんだよね」


 ああ、思い出したっ、といつも通り、暇なことを言いながら、未來は歩いて行く。


 そのうち、別の友達とも合流し、登校路は大勢の生徒で騒がしくなる。


 友人たちと一緒になったせいで、歩みが緩くなったらしい怜の姿も校門の辺りで見えた。


 その校門のところに、赤い着物の女の子が立っている。


 黙礼すると、彼女は肩をすくめ、姿を消した。


 門の傍を通ったとき、未來が、ぷるぷるっと身を竦めた。


「あ、なんか今、震えが来たっ。

 私、こういうとき、運気が上がるんだよっ。


 宝くじ買いに行こう」


「私なんか、昨日、蛇が大群で押し寄せてくる夢見たわよ」


「……それ、いい夢なの?」


 好き勝手なことを言いながら、そこを通り過ぎる。


 校舎の陰から、こちらを見つめているものがあった。


 皆に気づかれない程度に足を速め、目を合わせず、昇降口に入る。






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