第4話




 本当に困りますわ。


 わたくしは大公というとても大きな爵位を与えられていますがまだ学生の小娘ですもの。




 王国が隣国と戦ったあの戦争以来、王太子殿下は政治に軍事にとまさに八面六臂の活躍をされ、周辺諸国を緩やかに統合し今では大陸の過半を占めるほどとなりました。


 統合した諸国の王族や貴族は格下げにはなりましたが王国貴族としての身分を与えることで一応の納得はさせています。


 内外の貴族を納得させたその交渉力を称えたところ、


「大したことじゃないさ、俺が頭を下げるだけで飲んでくれた皆が偉いんだよ。」


 そう言って頭を撫でてくださいました。


 お気づきかもしれませんが、わたくしは王国目線で言うところの隣国の姫という立場です。


 殿下がわたくしの国と戦い、滅ぼしたのは事実ですが、殿下の兵は略奪などは一切行わず、手にかけたのは兵士などの軍人と犯罪者だけでした。


 父や上の兄は戦死し、下の兄とわたくしは母上が用意した毒で果てるところでしたが、殿下駆け込み、わたくしの口から毒を吸い出すことで命を拾うことができました。




 当時は本当に子供だったわたくしには難しい話ばかりでしたが、後から聞くと非常に優しい条件での終戦交渉が行われていました。



 この国では穏健派と強硬派の2つ派閥がありましたが、穏健派は1つ、強硬派は2つ爵位を下げることで貴族としての地位は残してくださる。

 貴族からの人質は取らず、領地は削られるがなくなりはしない。

 強硬派の当主には引退してもらうが、後継者を自身で選ぶことが認められる。



 今から思うとありえないほどの寛容です。


 強硬派は王国との戦争に積極的だったのです。その当主を処刑ではなく代替わりで済ませるなんて聞いたことがありません。


 今のわたくしはそのように思いますが、その時の下の兄はそう感じることができなかったようでした。


 兄たちの母は強硬派の係累でしたので、外戚の祖父や叔父の格下げが許せなかったのでしょう。


 殿下に一騎打ちを求めました。


 成人前の14だったと思いますが、兄は「自分が負ければ全て飲むが、勝てば格下げの撤回」をかけて、どちらかの命がついえるまで戦うという条件を付けました。


 殿下は一度だけ


「本当によろしいのですか?」


 と確認され、誓約書を用意してくださいました。


 殿下も部下の方たちも、だれもわたくしたちをさげすむような目をしておらず、ただただ哀しそうにされていたのが印象的でした。


 勝負は一瞬。


 兄の剣が振り下ろされるよりも早く殿下の剣が兄を貫きました。


 殿下は兄の耳元に何かを告げられ、兄は一騎打ちに敗れたにもかかわらずその顔には安堵があったと兄の側付きの者が後に教えてくれました。




 その後の処理は恙無つつがなく行われ、わたくしたちの国は王国に統合され、わたくしは王女から大公となりました。


 その後しばらくは王宮で母と過ごしましたが、2年と経たずに母は亡くなり、わたくしはご結婚され王太子となられた殿下の元で養育されました。


 新王となられたのは殿下のしゅうとにあたる方ですが、殿下と妃殿下と3人でわたくしにあらゆる教育を施してくださいました。


 元敵国の王女にここまでのことをしてくださる理由を訪ねたところ新王陛下は


「大公はね、王ととても近い親戚になるんだよ。だから君は私たちにとって娘のようなものなのさ。」


 妃殿下は


「子供が気にすることではないわ。お父様が言うようにあなたは私の娘のような、妹のような、そんなつもりでいたらいいのよ。」


 そう言って抱きしめてくださいました。


 かつては殿下の副官として軍に身を置き、わたくしたちと戦ったというのにこれほどの慈悲をかけていただいて、わたくしは「お姉様、お姉様」と声を上げて泣いてしまいました。




 戦争から10年近くが経ち、わたくしも15となりました。


 わたくしの地位は一代限りの大公となり、子供には爵位を継がせることはできませんし、もちろん夫となる方にも同じくです。


 大公らしい貴族年金と貴族議会でそれなりの発言力があるだけですがそれ以上は望んでおりません。


 わたくしが結婚できるとも思いませんし、殿下や妃殿下が血を流して戦争を終わらせたのに、わたくしに流れるかつての隣国王族の血を利用させるわけにはいかないのです。



 領地も持たず、宮廷での職務もありませんが爵位を持っているので殿下と妃殿下に相談した上で進学先は貴族学校にさせていただきました。


 ところが、入学早々に声をかけてきたのは大領地を持つ公爵家や侯爵家の係累。


 中には嫡子の方もいらっしゃいました。


 口を揃えて言うのは


「自分は婿になっても良い」


 はぁ…


 要するに大公の地位を狙っているということですね。


 わかっているのでしょうか、わかっていないのですね。


 一代限りなのですよ?


 夫にも子供にも継がせることはできません。


 そんなことも聞いていないのでしょうか、それとも聞いているがなんとかなると思っているのでしょうか…


 授業内容は陛下や殿下たちに教わったことを薄めて、要点をずらしたような、なんとも言えない話ばかり。


 あの方たちがどれほど優秀かを再確認できるいい機会となりましたけれど…




 貴族議会に出席する日は学校を休んで議会を優先します。


 議題については宰相閣下から説明を受けます。


 宰相閣下は殿下と妃殿下の義理の祖父で、国王陛下の義理の父だと教えられましたが、最初はよくわかりませんでした。


 国王陛下は先々王の庶子として生まれ、紆余曲折あり、宰相閣下の養子になられたそうです。


 宰相閣下は先々王の弟で、三代前の国王の息子だそうです。


 そしてかつては大公だったそうで、国王陛下が私を身内扱いして下さるのはその経緯によるものなのでしょう。



「うむ、流石だな。儂の言うことをしっかり理解した上で自分なりの考えも持っておる。」


「恐れ入ります。王太子殿下や妃殿下の教育のお陰でございます。」



 宰相閣下のお話はとても為になります。


 国王陛下や殿下は国民の安寧を重視されていますが宰相閣下はもう少し貴族に寄っています。お立場を考えますとそれも理解できるというものです。王子として生まれ、大公となられたのですから貴族としての目線なのでしょう。



「陛下と殿下のお考えは少し性急にすぎるところがある。これでは周りを置いて行き兼ねないのだよ。儂でさえついていくのがやっと、今は儂と妃殿下が補佐しておるが儂ももういい年だ。今後を見越して其方には殿下や王子をよく見てやってほしい。」



 閣下は… 私に妃殿下のなさることを受け継いでほしいと…?



「ここから少し身内の話をしよう。陛下は先々代の王の庶子として生まれたがその王は庶子として認めていなかった。「だれともしれぬ貴族の庶子」として育ったからかその意識は貴族もりも平民に近い。王太子殿下は元々は子爵家の出でな、ご自身の才覚で家を継ぐ前に伯爵となった。お2人とも高位貴族の子として育ってはおらんから貴族としての意識は薄いのだよ。」


「はい、それは少し感じています。妃殿下も…ですが…」


「あぁ、あの子は陛下の娘として育ったからな、さらにだろう。君にはその辺りの補佐を頼みたい。」


わたくしに何ができますでしょう? 王子の妃にでもなれと?」


 殿下夫妻には4人のお子がいらっしゃいますが王子はお1人。その妃という立場は王国の今後を考えると大切な手札になります。


 わたくしなどに使うべきではありません。


「そう、か。王子より少し年上だが悪くないと思ったのだが…」


「お戯れを。王国にわたくしの血を入れるわけにはいきません。旧国の者たちが良からぬことを画策しかねませんから。」


「そこまで考えておるならもう言わぬ。だがな、陛下と殿下の改革は拙速に過ぎるのだよ。」



 宰相閣下は王国の行く末を考えられているのですね。お2人の改革で新しい制度がどんどんとでき、旧来の考えの貴族たちは本当についていけていないのですね。




 その日の議会では幾人かの高位貴族から話しかけられ、陰鬱な気分です。


「王太子は王族の血を持たぬ、そんな者を王とは認められない。」


 のだそうです。


 要するに「王の血を引く自分の方がふさわさい」ということと、わたくしを迎えることで旧国系の貴族をその派閥に加えることでクーデターでも画策しているのでしょう。


 本当に度し難い。


 それがあるのでわたくしは結婚など望むべくもないと思っているのですよ。




 わたくしの学生生活はさして波風なく終わり、先日、王子が15になり成人されました。


 わたくしへの秋波は止まず、愛想笑いが上手くなる日々。


 陛下と殿下の改革は一段落ついたようで、最近は大きなことはなさっていません。


 ここまで来たのですからお2人は少しお休みされてもいいと思います。




 その夜、夕食が終わり団欒の時間を過ごしていると突然殿下が意識を失い倒れられました。


 陛下、殿下、妃殿下、お子様たち、そしてわたくしがその場にいましたが、最初に動かれたのは妃殿下でした。



「誰か! 医師を連れて来い! そこのお前! 今すぐ近衛隊長を呼んで来い!」



 妃殿下のこのような強い声と言葉を聞くのは初めてです。かつては殿下とともに戦場を駆けていたのは伊達ではないと感じます。



 しばらく後、妃殿下から伝えられたのは殿下の余命は幾ばくもないという認められないものでした。


 身体に異常があるわけではないけれど生命力が消えそうだそうです。


 殿下が… 亡くなる…?


 誰よりも激しく熱く燃えていた殿下の命の炎はもう燃え尽きる寸前…


 かつての戦争でわたくしの家族を奪った相手…


 だというのに… 毒を吸い出すためとはいえ唇を奪われたあの日、一騎打ちに応じて下さり兄の誇りを守って下さったあの日、母を失い不安に潰れそうなときに抱きしめて下さりご自分たちの部屋へ連れて行って下さったあの日、王国のため新たに統合した諸国のため知恵を絞って来られたあの日々…


 あぁ、これが走馬灯ですか…


 取り乱し、医師に詰め寄るお子様たちを見ながらわたくしは唇を噛み締め、殿下を見つめます。


 涙は止まりませんが殿下のお姿を最後まで目に焼き付けなければ…



「気をつけ! お前たちはそれでも私たちの子ですか! 取り乱すな!」


 妃殿下… 本当はご自身が一番お辛いでしょうに毅然とされています、ただ右手は血が滲むほど握りしめられ、顔色も青を通り越して真っ白です…


「みんな、お医者様を責めても仕方ありません。まだ時間は…ありますね。少し落ち着いてから殿下にご挨拶をしましょう、いいですね?」


「姉様… お父様が… お父様が…」


 わたくしは殿下たちに養育されましたのでお子様たちからは姉と呼んでいただいています。


 末の三の姫はまだ甘えたい盛り、わたくしが国を失ったよりは大きいですがそれでもまだまだ小さい、どうかご回復を…



 妃殿下は近衛隊長や殿下の副官を務めている武官と治安や他国との関係についての確認、宰相閣下とは内政についての確認をされています。


 時折聞こえてくる「あねさん」という言葉が少々気になりますが、わたくしにできることはお子様たちを落ち着かせることくらいです。


 歯がゆいです…



「兄様、お父様がお倒れになったこの機会にと姉様に告白など絶対にしないで下さいましね?」


 一の姫はもうお年頃ですから恋愛などに興味があるのでしょうが、その話を今する必要はありますか。


「あ、当たり前だ! そんなことできるものか!」


 先ほどまでの混乱よりはいいのでしょうがあまり気分のいい話ではありません。


「姉様は一姉様の言うようにお兄様と結婚されるのですか?」


 ニの姫に問われましたが、答えに詰まります。肯定するには政治的に問題がありますし、否定すると王子殿下のお心が不安定になってしまうかもしれません…


「そこまでにしなさい、あなたたちには王族としてふさわしい振る舞いについて再教育が必要ですね。」


「ですがお母様! お母様は元軍人なのでこういったことには慣れているでしょうが僕たちは」


 パンッ


 え? 頬を打つ音が?


 どこから…?


「姉様を馬鹿にするな! 姉様がどれほど殿下を愛されているかわからないのですか! どれほど必死に自制し王国の今後のために考えられているか! いつも優しく微笑まれているお顔が仮面のようになっているのですよ! 妃殿下の左手を見なさい! これほど握りしめないとできないほど自制している姉様の気持ちがなんでわからないのですか!」


 これは… わたくしの声…?


 なら先ほどは…


「も、申し訳ございません! 王子殿下に手を上げるなど、許されることでは…」


 王子を打ったのはわたくしでした。こんな… なんてことを…


「私が許します。ごめんなさい、あなたの気持ちを知っているのに辛いことをさせてしまいましたね。

 お前たちもよく見なさい。これが王族の振る舞いです。これほど感情的になっているのに先ほどまではお前たちを落ち着けるために抑えていたのですよ、姫たちも嫁いだ先ではこの子のように振る舞えるよう努めなさい。

 王子、あなたには少し甘くしすぎました。国王陛下と宰相閣下に厳しく指導してもらいなさい。

 それから、あなたは少しお化粧を直して来なさい。唇が切れていますよ。」




 姉様… わたくしなどを王族の見本のように仰るなんて…


 殿下と姉様に少しでも追いつこうとしてきたことが報われました…


 殿下… お1人では逝かせません、わたくしの命は救われたあの日から殿下のものです。


 最後までわたくしが供を…




 控えめなノックの後にわたくしの部屋へ入ったのは姉様でした。


「姉様、こんなことをするよりも殿下のお側に行かれては…?」


 言い方に少し棘がありましたね、反省します。殿下のご家族は姉様とお子様たちですから、わたくしの入る余地はありません。もう殿下のお姿を見ることも叶わないでしょうから少しでも記憶が濃いうちに胸に刻もうとしていたのに…


「今は子供たちに順番に挨拶をさせているわ、だから少しだけ時間があるの。」


「そうですか。」


 あぁ… 駄目ですね、わたくしもまだ取り乱しています、一言でも殿下にお言葉をかけてもらえたらと思ってしまいます…


「お父様とあのひとは少し急ぎすぎだと感じているでしょう? でもそれは先を見据えてのことなのですよ。」


 何のお話でしょう、妃殿下はわたくしが理解していないのを察せられたのか


「内政改革のことよ。2人は常々言っていたわ、「自分たちが大きく改革し、次代でそれを安定させ定着させる。やりすぎた部分はその次代で修正すればいい」とね。」


 そういうことですか、自分たちが大きく改革し、次代で修正する… それだと自分たちは後世で批判の対象に…


「理解できたようね、そのとおりよ。評価は王子に集中するでしょう、わかった上でやっているの。」


「そんな… 殿下がどれほど悩んで動かれてきたか…」


「2人はね、自分たちが王族として育っていないことを理解し納得しているの。王族や貴族の正当性を守るためには王族として育った王子が評価されるべき。」


「そこまで… 殿下はそこまで自分を犠牲に!」


 あぁ、本当に駄目です。殿下のこととなるとわたくしの自制心も脆いですね…


「いいのよ、これはあなたの愛情の深さなのだから。」


「姉様…」


「そんなあなただから託せるわ。」


 託す…? まさか王子のことを…?


「誤解させたならごめんなさい。王子のことじゃないわよ。あの子にあなたは勿体無さすぎるわ。あの子の妻はあなたじゃなくても務まります、良人おっととお父様が作り上げた道の上を歩くだけですもの。」


 そう、ですね… お2人がここまでお膳立てしてきたのですからあとは本当に修正と調整で済むはずです。


「だからね、毒なんて捨ててしまいなさい。あなたの命は良人おっとが救ったものでしょう? あのひとのものだと思うのなら最後まであのひとのために使いなさい。」


「気づかれて… いたんですね…」


「当たり前です。妹の気持ちに気づかない姉がいますか?」


 本当に… 姉様には敵いませんね。




 ★ ☆ ★ ☆ ★


作者です。

リハビリがてら書いています。

→書きました。


次回(最終回)は

2024.04.22 23:59

の予約です。

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