第6章 真実
「…ここが、現場、だと思います。」
「確かに、地図アプリで確認すると、ここが、香奈恵かなえおばさまが言ってくださっていた場所みたいね。」
純が死んだ場所は、信号機がしっかりとついた十字路だった。事故が起きたとは検討もつかないくらい、見晴らしが良い。おまけに、丁度、秋のはじめだからであろうか。紅葉が、少し、色づき始めている。きっと、純が事故に巻き込まれたときは、新緑だったと思われる。
「にゃ」
くろが、急に足をバタバタさせる。必死にもがいているように見える。
「......もしかして、1年前にあった事故のご遺族の方かしら。」
「えっ」
後ろから突如聞こえた声に、思わず肩をすぼませた。誰だろうか、と思いつつ、そっと振り返ると、赤、黄、ピンク、オレンジ......と、様々な色できらきらと光る花束を抱えたマダムがいた。
「......純お兄ちゃんとお知り合いの方ですか?」
「純......あのときの青年の方のことでしょうか?」
「『あのとき』とは?」
「1年前、ここで事故があったでしょう。とても痛々しかった。」
「ああ...そうです。」
「やっぱりそうなのね。.........あっ、もしかして、あのときの猫ちゃんを保護されていらっしゃるのですか?」
「あのときの猫?」
「そうよ。その猫、事故のときの猫ちゃんにそっくりだもの。耳のあたりに変わった傷があったから、よく印象に残っているわ。その......亡くなってしまった、純さん、でしたっけ。その方が、かばって助けた猫ちゃんでしょう?」
「かばった、とは」
「............ご存じない、ですか。............いや、ね、私、実は事故の日、純さんの少し後ろを歩いていたの。その猫ちゃんのことを楽しそうに眺めていらっしゃったわ。それでね、十字路にさしかったの。赤信号だったわ。車が遠くの方から来ていたけれど、猫ちゃんが止まらなくて。でも、その車、猫ちゃんに気付いていらしたから、差し支えない、と思っていてね。.........だけど、左折するトラックからは、見えていなかったのでしょうね。急いで純さんが飛び出されて、そして事故が起こって......。急いで飛ばされた方に向かったわ。すると、純さんが、背中を丸めて、猫ちゃんを抱えていらっしゃって......。......写真もあるわ。かなり痛々しいから、ご遺族の方にお見せするのも恐縮だけれど。」
「見せてください」
「.........これが、あの日の写真よ。」
「......」
......どういうことだろう。夕陽を反射する黒い毛と瞳。どこか痛々しい切り込みのある耳。こんな変わった耳の猫、くろではない、と言うには無理がある。
「......くろちゃん、ですよね、これ。」
..................くろさえいなければ、純は生きられたのだろうか。あの日、隣にこの猫がいなければ、純と結婚できたのだろうか。純は、小説家になるという夢を叶えられたのだろうか。
この猫さえいなければ、私は、純と一緒に、愛する人と一緒に、幸せに生きられたはずなのに。
どろどろに闇が広がり、白い光を溶かしていく。息が吸えない。いや、吸いたくない。
「みちさん、大丈夫ですか?」
「......帰ろう」
帰ろう。この猫をおいて帰ろう。帰ろう。あの日に戻って、純に、「猫なんかほっときなよ。また、猫カフェに行って、ゆっくり触れば良いじゃない!」って言ってやろう。
「......にゃ」
聞きたくない。こんな声はもう聞きたくない。可愛くない。もう、いらない。
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