第5章 憂鬱

 くろの調子はなんとか回復したものの、念の為、副顧問に事情を説明し、部活動の指導を1日だけ代わってもらうことにした。頼んだ瞬間は、かなり面倒くさそうな顔をされたが、最終的には承諾してもらえ、非常に助かった。正直、副顧問は結婚したてのほやほや気であり、休みたかったのだろう。本当に申し訳ない。ただ、部活動の指導を変わってもらえたとはいえ、憂鬱な感情は、全く消えなかった。というのも、今日は、純の妹である桜庭(さくらば)かれんがやってくるからだ。

 気が乗らないものの、むげに断ることもできず、諦めて誘いに乗った。おそらく、純のご両親の企みがあるのだろう。

 「こんにちはー。」

 重たい空気を壊すように、インターホンが鳴り、かれんの声が部屋に入ってくる。

 「......今行くね」

 一体、どんな企みがあるのだろう。正直、くろとゆっくり過ごしたい。

 「どうぞ」

 「...うわぁ。みちさんの部屋、すっごくおしゃれですねー。あっ!!!!もしかして、あれ、みちさんの猫ですか?」

 「うん、そうだよ」

 「わぁぁ!!かわいすぎますー!!えっ、なでてもいいですかー?」

 「くろがよければ」

 「にゃ!」

 「よし!失礼します!!」

 細長い指と少し華奢な手のひらが、くろをわしゃわしゃとなでている。普段なでられている手と異なる感覚い戸惑いながらも、くろなりに慣れようとしている。段々と自らの頭を手のひらにすり寄せる姿は、私だけでなく、桜庭さくらばかれんの心にも刺さったのだろう。

 「……ところで、いきなり本題で申し訳ないんだけど、なんで、今日は来てくれたの?」

 「あっ、あの、実は、どうしてもみちさんと行きたい所があって。」

 「私と?」

 「その……兄ちゃんの最後の場所に…」

 最後の場所。おそらく、事故現場のことだろう。

 「まだ、行かれてない、ですよね?…その、そろそろ、行かれても良いんじゃないか、と親が言ってて…」

 そろそろ。1年、という月日は、そろそろ、と言わせるくらいの時間なのだろう。今まで行けていなかった現場。あまり気は乗らない反面、現場に行けば、純が信号無視をした理由を感じ取ることができるかも、と思ってしまった。

 「行こっか。」 

 「……良いんですか?」

 「うん、良いよ」

 かれんを見て返事をする気にはなれず、失礼を承知で、くろの後頭部を眺める。

 「…ありがとうございます。」

 「うん」

 後頭部を眺める。頭をなでたい。癒やされたい。

 「にゃ」

 頭をなでようと手を伸ばしかけた瞬間、くろが、急にこちらを見つめてきた。いや、こちらを見ているようで、見ていない。何か、を強く見つめている。

 「……くろも連れて行ってもいいかな?置いていくのは心配で。」

 「あっ、大丈夫です。」

 「…ありがとう」






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