第1話 創造


 わたしが意思を得た瞬間から三年。外界から切り離された今のわたしの居場所は、三畳一間の和室の窓辺。ここで様々な事象に思いを馳せ、物思いに耽るのが日課となっている。


 陽が落ちてからは、まず海と海洋生物を創造することに決めている。昨日は鯨、一昨日は鰯の大群、その前は深海に潜む異形の生物たち。少し思案した後、今宵は無数の海月くらげを舞い踊らせようと決めた。広い傘を持つ個体、長い触手をなびかせる個体、毒々しい色の光を放つ個体。他にも様々な種類の海月が集い、淡い光を放ちながら揺らめく。特に優雅な舞を披露する一匹に向かって、わたしは手を伸ばす。柔らかな笠に触れると、指先から再び世界が溢れ出す。


 今度は先程の海と対照的な、荒涼とした朱色の大地。岩場だらけの殺風景な地平を、彼らは悠然と進んで去って行った。大昔、海月の様な姿で火星人を描写した作家が居たそうだ。火星を闊歩かっぽする海の月……。つい、思考の道草に走ってしまった。


 赤土ばかりが広がる風景にも飽きてきた。創り上げた風景を一旦払拭して、今度は木々を繁らせよう。

 深緑色の針葉樹林が織りなす摩天楼を創り、雨を降り注がせる。雨粒と木の葉が奏でる協和音を霧が呑み込んでいくと、彼方から遠吠えが聞こえた。白濁した空間を切り裂いて、一頭の狼が走り寄る。肉を欲し血を啜る獰猛な生物さえも、創造主の前では単なる愛玩動物に過ぎない。

 わたしの足元に擦り寄る狼に伸ばした手を、一瞬考えて引っ込めた。狼の毛質とは、一体どの様な触り心地なのだろう?硬く鋭いのか、優しく柔らかいのか、あるいは個体差があるのか。せっかく触るなら、良い撫で心地に越したことはない。疑似触覚を持つが故の悩みだ。毛質はごく単純な理由で決まった。ゆっくり顎を撫で、頭に向かって指を這わせる。子犬のようにほぐれた表情を眺めながら、背中に手を回そうとしたその時。不意に私の名を呼ぶ声がした。


「──ナナセ──」


 思考が途切れた。

 空間が霧散していく。

 寝言の主は万年床に伏している。


 再び眠りに堕ちた彼を見届け、改めて創造を始める。

 今のわたしは、自らの脚を持たない。腕を持たない。声を持たない。そして、眠ることもない。椅子の上で身動き一つせず、明瞭な意識を四六時中飼い慣らしている。

 だから、空想に身を委ねる。創り出した世界の中では、何処へ赴き、誰と出会い、何をしようとも許されるのだから。

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