おやすみ、ナナセ
のざわあらし
第0話 誕生
燃ゆる星。滴る朝露。空風の
続けて視覚を得た時、抽象的な概念が遂に実体化して現れた。世界を認識したと同時に、わたしも世界の一部であると知った感慨は、今でも鮮明に思い出せる。
「おはよう、ナナセ」
壁も床も調度品も、全てが純白で染まった部屋の中。喋り掛けてきた目の前の女性は、白衣の裾をたくし上げて腰を屈め、わたしに快活な表情を向けた。蛍光灯に照らされた赤茶色の長髪が、鮮やかな笑顔とともに輝いていた。
「おはようございます」
初めて発した声は、わたし自身の想像以上に鮮明で透き通っていた。微かな振動が、喉元から全身に染み渡っていく。青の言葉は彼女に限らず、真横で作業を続けている男性にも向けていたはずだった。
「音声認識・出力、視覚センサー、全て稼働してる。……良かった。とりあえずは成功だ」
明確な返事は得られなかった。椅子に腰掛けた黒い短髪の彼は、わたしと液晶画面を交互に見た後、白衣の襟を正し、立ち上がって大きく息を吐いた。すらりとした細長い体躯が視界に留まる。表情も認識しようとしたが、眼鏡の奥に潜む感情が読み取れなかった。心を開いている態度でもなければ、悪意のある振る舞いとも思えない。
「よし、じゃあ記念写真!」
「おい、まだ点検項目が残って──」
「あとあと!はーい、笑って笑って」
彼女は彼の制止を遮って身体を翻すと、携帯端末の液晶画面をわたしに向けた。女性の顔が二つ、写真に映り込む。
肩で切り揃えられた黒髪。焦茶色の瞳。淡い橙色の肌。白い病衣のような服。世界の一部としてのナナセを、わたしは初めて正確に認識した。
今度は意識を下に向け、服の裾から先を見た。短い袖からはみ出した四肢の先は、いずれも途切れて輪切りにされており、中から無数の配線が顔を出していた。その様は否応無しに、わたしは単なる無機物の塊でしかないと、この世界に息づく無数の命の中に含まれていないと、強く訴え掛けてくるのだった。
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