色をさがしに

リュウ

第1話 色をさがしに

「ああ、ダメだ」彼は筆を投げた。

「どうしたんだ」僕は彼に顔を向けた。

「色が、こんな色じゃないんだ」彼の眼が僕に訴えている。

「色?」何だよと彼の傍に向かった。

「こんなんじゃないんだ」彼は僕の目の前にパレットを差し出した。

 使う色の順番に綺麗に絵具が並んでいて、その配色だけでも作品になりそうだった。

 なのに彼は言った。

「青だよ、青」パレットを僕の目の前に差し出す。

 僕は、僕の絵具箱から、ありったけの青を持っていった。

「どう?」 彼は、真剣な眼差しで絵具を見い詰める。

「どんな青が欲しいんだ?」彼が絵具から眼を離すタイミングで声を掛けた。

 彼のピリピリした感情が伝わる。

「言葉に出来ないよ……」

 その時、彼女が部屋に入ってきた。

「何?」と笑顔で僕らの前にやってきた。

 彼女の登場で、彼のピリピリは何処かに行ってしまった。


 僕らは、美術学校の同級生だった。

 どうしてか分からないが、仲のいい三人組が出来上がった。

 理由は、僕は気付いていたけど、二人とも好きで一緒に居たかったのでそっとしておいた。

 いつも、彼女中心で行動して、男の二人は彼女の子分みたいなものだった。

 三人とも心の隅では、将来への漠然とした不安を持っていたと思うが、それを奥へ奥へと閉じ込めるように生きていたと思う。

「その青、見に行こう」青の問題は、彼女の一言で決まった。

 彼女の決まってからの行動は早い。

 僕らは、彼女の気迫に追い立てられながら、”青”を目指した。

 

 車は、裕福な家庭の彼が用意した。

 コンビニで、飲み物やらお菓子を買い込んで出発した。

 すぐ、動けるのは学生の強みだ。

 誰にも気の遣う必要もなく、ふらっと出かけることができる。

 学生のうちだけど。

 運転は、彼。助手席は彼女。広い後部座席は、僕と食料だった。

 最初はワイワイと冗談を話しながら騒いでいたが、段々と話が途切れていった。

 時々聞こえる、彼と彼女の声がいい子守唄に聞こえて、いつの間にか僕は寝てしまった。 


 振動とバタンというドアの開く音で僕は目を覚ました。

 寝方が悪かったのか、強烈な痛さが首を襲った。

 顔をしかめながら、ゆっくりと眼を開けた。 

 スマホの時間を見る。

 五時だ。

 僕は、窓の外を伺う。

 砂浜が見える。

 海だ。

 

 僕は、ドアを開け外に出た。

 風が少し冷たい。

 背伸びをしながら二人を探す。

 そこは、岬だった。

 その先に灯台があった。

 直ぐに二人を見つけた。

 灯台に向かっている。

 彼女が先に灯台の方に走っていく。

 その後を彼が追っていく。

 置いてくなよと僕は二人を追いかけた。

 日の出前の透き通った蒼の中に、彼女の白いワンピースが映える。

 僕は、の時間が止まった様にその場から動けなかった。


 綺麗だ。


 僕は、彼女に見とれてしまっていた。

 この場所、時間、空気、彼女を脳裏に焼き付けた。

 それは、画家である衝動だったと思う。

 

 僕は、彼に追いついた事に気付いて彼が振り向いた。

 僕は彼の隣りに並ぶ。

「きれいだろ」彼が同意を求める。

「ああ」僕は彼女を見つめたまま頷いた。

「ここでの、彼女を描きたいんだ。だから、あの色が欲しい」

 彼は地平線を指差した。

「……そうか」

 僕も遥か向こうを見つめる。手が届きそうな地平線。

「昔の画家は、絵具を自分で造ったらしいよ」僕は呟いた。

「自分でか……。そうだな、自分で作るか。

 どこにも、売っていないオリジナルの色なんて素敵だな」

「俺も手伝うよ」僕は彼の肩を軽く叩いた。

「頼むよ」彼は微笑んだ。


「来てぇ、とってもきれいで気持ちいいよ」

 岬の先で彼女が手を振って叫ぶ。

 僕らは、顔を見合わせると彼女の方に走った。

 彼女が何か大切なものを持っている気がして。

 この昂揚感に背中を押されて彼女に向かう。

 この感じは、セピア色の学生時代に僕らを引きこまれたようだ。

 初恋の浮ついた感触。

 

 それから、僕たちは色を求めて探しまくった。

 青だけでなく、あの場所にあった色を基本色を作ろうと。

 時に褪せない色を求めて。


 しかし、それは簡単なことではなかった。

 多くの時を費やしてしまった。

 やっと全色揃った頃には、彼女はこの世のいなかった。


 あの岬にいた彼女の絵が飾られている。

 絵には、僕らの空間が時間があった。


 絵画と一緒に彼女の名前の絵具セットが一緒に置かれていた。

 

 僕らは、やっと手に入れながら、

 手から離れてしまったモノに思いをよせていた。

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色をさがしに リュウ @ryu_labo

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