第6話 愛より恋は強い

 目下の任務を終えて大量の金貨を貰った俺達は、それでもなんだかはしゃぎきれず、オアシスの端にアリサの頭に付いていた電極を埋めて、鎮魂とした。墓と言うには殺風景だしすぐに砂漠に飲まれそうだが、それでも俺達は構わなかった。オアシスでぽけっとしてると、やっと調子が戻って来て出歩けるようになったアリサが食堂に入って来る。持ち帰り予定だった食事を出してもらうと、もそもそと食べ始めた。

 食欲があるのは良い事だ。思いながら俺は向かいの椅子でちびちびとカレーを食べているアリサをそっと見守った。スパイスの匂いが濃くて最初は酔いそうだったが、ナンの甘さとカレーの辛さの絶妙なバランスですぐに虜になった。勿論アリサには毎食違うものを届けていたが、これも悪くないのだろう、あちあちと言いながらナンを割く様子に、ちょっと笑ってしまう。何よう、と言われたので、口の端のスープを拭った。そのまま舐めるとちょっと照れられる。そんな感情あったのか、お前に。


「で、次はどこに行くんだ? アリサ。あのアルヴィは破片が世界中に散らばっているうちの一欠けらだって言ってたが」

「探しに行きたいけれど、これ以上はもう手掛かりがないからね。いつか私が大博士グランド・プロフェッツォルになったら、世界中から集めてみようと思うよ。誰にも何にも言わせない権力者になったらね。今はまだ遠い話だ」

「お前、歳は?」

「十五」


 ぶっと思わず吹きそうになる。

 ぶっきらぼうな喋り方だったが、そこまで幼さを隠せているとは思っていなかった。よく見れば確かに、俺より小さいし軽いし年下には間違いないが、ないが。


「遠いかは分かんねーけど、無理な話じゃあねーな。お前がアルヴィの思いもしない『未来』を作ってやるには、十分な時間だ」

「ありがとうルスラン。この旅での何よりの収穫は、あなた達に出会えたことだと思う。また金貨贈るからたまに攫ってね」

「自分の誘拐を誘導するな。大体象牙の塔にお前を連れて行けるのかすらこっちは悩ましいんだぞ」

「それならコンテナ一つで帰れるよ、この距離だし。言ったでしょ、本当は施設から直接行った方が早かったって。学会は一つフイにしちゃったけれど、私には実りある旅だったよ」

「そうか」

「うん」


 子供のような頷き方に、子供だったんだと思い知る。アーサー。あいつだって大人じゃなかった。大人たちはアーサー達をバベルに残して違う施設に行ったのだろう。だからアーサーは銃をぶっ放して職員や同じシリーズの連中を皆殺しにしたんだと思う。あの床の血量を見るに。


 存在意義。レーゾンデートル。そんなものを探して、強盗団に飛び入りもした。人から奪うことが出来る物だと思っていた。奪うことがそうなんだと思いたがっていた。でもそれは違った。アルヴィは何も語ってくれない。だからそこに残した。でも妹が、自分より優れた妹が、それとコンタクトするのは許せなかった。兄より優れた妹が許せなかったんだろう。天啓を与えることを許せなかったんだろう。だから、だから。

 吸い取られたものをさらに吸い取り尽くした、象牙の塔の人間たちと、そこは変わらなかったのかもな。どうにしろあそこから『アルベルト・アジモフ』シリーズはもう生まれないだろう。世界中で別の名前で同じプロジェクトが動いているのかもしれないが、ドクトルA8はもう終わりだ。七より一つ多いんだから上出来だろう。二つも三つも上があったら、いたたまれない。そう、アーサーのように。


「私、明日には施設に帰ろうと思うよ」

「そっか。じゃあ今夜が最後だな」

「うん」

「俺もコンテナで一緒に寝て良いか?」

「勿論」


 笑ったアリサはすっかりショックから立ち直っている。そう思いたい。

 俺達だって稼業に戻らなゃいけない。アーサーがいなくても、そうしなきゃ食い扶持が稼げない。膨大な量の金貨を貰ったが、それは俺達が全員一生遊んで暮らせるほどでもない。


 そしてたまには。

 たまには、誘拐してやっても良い。

 そして俺の子供を産んで欲しい。

 後継者として、繋がるものとして。

 アリサに繋がるものが欲しい。

 こいつなら、信用できるから。

 あなたの子供よ、と言って欲しい。

 いつかは、

 いつかは。


「さよならだね。恋しい人」

「愛しいとは違うのか?」

「動物に恋はしないもの。人間にだけだよ、恋なんて」


 それは確かに、そーだわな。

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砂漠の獅子と天才の脳 ぜろ @illness24

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