第3話 七より一つ多い

 夜になりコンテナを自動走行させながら俺達を追い掛けてくるアリサは、昼に眠らなかった所為か今は夢の中らしかった。人間きちんと眠らないと早死にする、らしい。忙しさを理由に睡眠を怠けるとすぐに死ぬ。睡眠が怠惰の方だと思える俺にはやはりこの天才を理解するのは難しいようだ。


「ルスラン、どうする?」

「どうするって……何がだ?」


 同年代の仲間にラクダを寄せられて、俺は訊ね返す。そいつは呆れた顔をした。そう言えば廃墟に行った事があるって言ってたのはこいつだったな、何しに行ったんだろう。仲間――アーサーは俺に耳打ちするように、他に聞こえないように、話し掛けてくる。


「コンテナの構造は解ったし金も貰ってる。わざわざ長い旅してまであの嬢ちゃん連れて行く必要もないだろ。ここらで撒いて俺達だけでオアシス行くのも手だぜ」

「あのコンテナ本気出すとラクダに付いて来るぞ」

「マジかよ」

「らしい。それに法外な料金で依頼された仕事だ、仕方ないが一緒に行ってやるしかないだろう。お前が行った時はホント、何もなかったんだな?」

「へ? あ、あぁあぁうんうん、ぽっかりした研究施設跡ってだけに見えたぜ。行っても無駄だって」

「でも七より一つ多いらしいからなあ」

「何? 脳の認識能力の話?」

「すごいなお前話さなくても通じるのか。まあ、そんなもんだ。八と言われる奴に限って下調べもしていない可能性は少ないだろう。何かがあるって確信しているんだ、あいつ」

「……随分評価が高いな」

「あいつと話してると頭良くなる気がする」

「気がするだけだよ。どっかに売っぱらった方が絶対儲けになると思うけどな」


 ぼつっと呟いて、アーサーは俺から離れていく。キャタピラで追い掛けてくるコンテナのサーチ範囲に入るのを嫌ったのかもしれない。良いカモになりそうな隊商が見えたが、今夜は無視だ。幸い食うに困ることは暫くないだろうから、盗賊としては休眠期間に入るだろう。

 そしてまた油断する奴が出て来れば、こっちも万々歳なんだが。一生使いきれない額ってのはどのぐらいなんだろうなあ。うち十人養ってるからいまいち金銭感覚がマヒしている。基本は等分、自分の分は何に使っても構わない。食うも寝るも女も。ただし仲間内の借金だけは許していない。それは結束が壊れるからだ。あと、女郎屋も同じところにはしない。女の取り合いになるからだ。


 女の取り合いねえ。俺は今のところまだその境地に立たされたことはないが、それは俺が女に頓着しないからだろう。その日抱ける女を選ぶ。そう思えばアリサにそんな劣情を催さなかったのは何故なんだろうと思う。好みじゃない、わけでもない。メガネを外せば童顔だし、背も小さいし力も弱い。圧倒的弱者に向かって自分が強者であると示せばもう少し威厳も出るだろうが、精々ラクダで走り回り腰を抜かさせる程度だ。何だろう。あそこまで圧倒的な弱者、俺はあまり知らない。自分と同い年ぐらいであんなにちっぽけな存在は、見たことがない。

 学校なんて勿論行ってなかったし、オアシスでは盗賊一味だとバレているから子供が寄り付くこともない。そんなだから友達なんてアーサーか、養父の代から付いて来てくれてるおっちゃん達ぐらいしか俺は知らない。


 アーサーは去年やって来た盗賊志願だった。親もなく手に職もないから仲間にしてくれ。幸いラクダの扱いに長けていたから俺はその入団を認めたが、そうでなかったら本当に俺は友達なんておっさんしか知らないままだっただろう。俺はアーサーに色々と教えたし、アーサーも色々教えてくれた。自分の育った場所の事。俺はあちこち行ったオアシスの特徴を。最初は尊敬の目で見られていたが、最近は同年代同士、悪ダチをしている。

 そのアーサーがアリサのことを厭っているのは何故だろう。女も買う奴なのに、あのくりっとした眼なんかに心惹かれないものなんだろうか。いやそう言う言い方をすると俺が惹かれているように聞こえるな。おっちゃん達は子供扱いしている。まあ俺と同い年ぐらいなら、おっちゃん達にとっては子供みたいなもんだろう。性別臭さも感じられないのが、理由の一つかもしれない。


 男のクローンの女。アルヴィの脳。欲しいもの。なりたいもの。七よりも一つ多い。それでも欲しいもの。強欲だな、見掛けによらず。装飾品の一つも着けていなかった。あのコンテナが巨大な磁石だからなのかもしれないが、ベルトなんかも付けていない、ゴム製だった。対策している。綿密に。砂漠を走るコンテナも、ちゃちな鍵しか許さなかった。そうしてわざと俺達に襲わせた。象牙の塔とやらは金持ちなのか。あんだけ金貨を盗まれておいて、追手の一つもない。それとも合法的に持って来た金だったのか? そもそもなんで砂漠なんかにコンテナを走らせた?


 疑問ばかりが湧いて来る。明日はその辺りのことを訊いてみよう。朝焼けで少し身体が冷えて来た。冴えた空の日は寒い。昼は暑い。エアコン完備のコンテナでみんな眠らせて貰おう。ラクダたちにも水をやらなきゃな。あれはコブに営養を溜めているから、何日かは水だけでも暮らせるように出来ている。人間みたいに追い詰められたんじゃなく、元々砂漠に自生していたからだろう。

 世界は昔、もっと広かったのだと言う。それは概して人間の住めるところが多かったという意味だ。今はそんな場所も少なくなって、貧富の差は激しくなっている。だから盗賊なんかがオアシスでも歓迎されるのだ。物のない所ではなく物のある所に金は流れる。貧困も解消されないわけだ、他人事のように思う。


 さて、アルヴィが生きていた前々世紀ってのはどんな時代だったんだろう。牧草地なんかはあったのだろうか。肉はどんな種類があったんだろう。野菜も種類が多かったんだろうな。パンはどうだろう。スープもコンソメなんて高級品を使っていたんだろうな。

 そんなアルヴィに砂漠の現代を見せて、一体どうしたいんだろう、アリサは。絶望を与えたいのか。それともこの世界を救う手立てを考えているのか。救世主のすることだ、そんなのは。一科学者の出来る範囲を超えている。でも、と言うのだろう。それでもアルヴィに会いたいと。

 それは何故なのか。太陽光発電でクーラーの効いているコンテナでみんなが眠った後訊ねてみると、そうだねえ、と指を口元に当てて今更のようにアリサは、今更のように考え込んで見せた。


「アルヴィに会いたいのは私の傲慢だね。親に会ってみたい。子供としては当たり前の感情じゃないのかな」

「クローンなんだろ」

「だから余計にだよ。しかも私は異性だ。そんな私に何か天啓を受けて現在の地上で出来る生存戦略を練ってくれれば嬉しい限りだと思う。ルスランはこの世界に子供を残したいと思う?」


 おっと十七歳の異性に随分ストレートな事を訊いてくれる。ぐっと息が詰まると、紅茶のカップを両手で持っていたアリサはくつくつ笑って見せる。子供扱いのようで気に食わなかったから、ポットを取って残りを全部自分の口に流し込んだ。こんな味なのか。渋いな。チャイは甘くてスパイシーでおいしかったのに。葡萄酒も飲めない俺の感想である。

 なんであんな甘くて美味しいものを酸っぱくしてしまうのか。俺には多分一生理解できない。ほぼ下戸に近いしな。少ない酒でよく眠れる。仲間の前では特に。


「勿体ないことするなー。まあその反応からして、自分の子供に託すには乾きすぎてる世界であるって言うのは分かっているのかな。私だってこんな世界に自分の子供を託したくはないよ。クローンだとしても嫌だね。ん、これだとクローンを排斥したいように聞こえるな……自分もクローンなのに。くふふ、これは面白い感覚だ。自己否定が自己否定にならない。産まれてしまえばそれまでの事だと言う感じかな。けれどそれは普通の人間だって同じだ。この世に出たらそれだけ。愛や恋が無くたって、子供は出来る。ちなみにルスラン、君の親は?」


 唐突に尋ねられ、ひゅっと喉が鳴る。


「小さい頃に離婚して、俺を置いて二人ともオアシスを出た。残された俺を盗賊の頭にまで育ててくれたのは、養父だ」

「良い養父だったようだ」

「聞こえてたか? 盗賊にしたんだぞ?」

「でも君はそれに引け目はないのだろう? 何も出来ない子供に生きることを教えられる大人は尊いと、私辺りは思うけれどね。ちなみに現在は?」

「去年死んだ。キャラバンの用心棒に撃たれて。それからは俺が一応頭に納まってる」

「子供の将来も考えてくれていたみたいだな」

「そうなのか?」

「そうだとも。今君がここに生きていることが何よりの証拠だ。誰も君を見縊っていないし、みんな安心して眠っている。ふふ、私も少しは信用されているのかもね」

「かもな」


 くっくっく、笑い合いながら俺はふあっと欠伸を漏らす。流石に俺も眠い。昨日は殆ど寝てないからな。ああでも一つ、聞きたいことがあったんだった。


「なあアリサ。お前何でこんな砂漠の真ん中まで自分を運ばせたわけ?」

「ああ、なるべく施設を離れたかったからかな。直線距離なら砂漠を介するより施設から出た方が早い。でも私はアルヴィと区別されていたからね、こうでもしなきゃ親に会えないと思ったのさ」


 なるほど。

 ファザコンって所か。


「俺も寝るわ」

「お休み、ルスラン。君の夢に幸あれ」


 持って来ていた本を開いて、アリサは読み始める。

 俺は心地良い涼しさの中、気持ち良く眠りに就いた。

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