第10話 最終回
ジョンが最期のとき、公園で何を見て、何を思ったのか。僕の推理を、ルイーズには知らせなかった。
過去のことをほじくり返したところで、誰も幸せにはなれない。そう思ったからだ。
反対にジョアンナは、事実を知ってよかったと言った。 孫として本当のことを知る必要があると、ロンドンからの帰りの電車の中で、彼女らしくきっぱりと言い放った。
ただ、ショックは隠しきれない様子で、窓の外をぼんやり眺め、仲間のおしゃべりにも参加しなかった。
ジョアンナを慰めてあげたかった。だが、この帰りの電車の中で、僕の短い恋は終わったのを悟った。気落ちしたジョアンナは、自分の気持ちを隠す余裕もなかったのだろう。隣に坐るデイビッドの手を握り、ルイスの町に着くまで離さなかったのだ。
翌日から帰国するまで、僕は例年のように、オークションめぐりをして過ごした。明け方に起き、朝早くから野外で開かれるオークションに出かけ、下見に時間をかけて本番に臨んだり、夜遅くまでディーラーたちと交渉したりした。
宿の女主人ローズマリーのおしゃべりにも、たっぷり付き合った。彼女のゴシップはおもしろかったし、元気のない僕を彼女が励ましてくれているのも感じたが、僕は話に夢中になることができなかった。
明日帰国という日、僕はルイーズにお別れの挨拶に行った。そしてまた来年来ることを、約束した。それまできっと元気でいてくださいと言うと、彼女は涙ぐみ、僕にジョンの形見分けとして、釣竿とリールをプレゼントしてくれた。それはジョンが愛用していたバス釣り用のもので、ジョンといっしょに釣りへ行ったとき、彼が使っていたものだった。
宿に戻る途中、僕はまっすぐ宿には向かわないで、ジョアンナの働いているカード・ショップに寄った。もしジョアンナがいたら、お別れの挨拶をしようと思ったのだ。来年の約束はしないつもりでいたが、最後に一目会いたかった。だが、ウインドー越しに店の中を覗くと、ジョアンナの姿はなかった。
沈んだ気持ちのまま、僕は宿に戻り、荷造りにとりかかった。仕入れた品は、スーツケース二個分になった。
スーツケースに鍵をかけ終えたとき、階下からローズマリーの声が聞こえてきた。めずらしく宿に客がやって来たらしい。
ずいぶん遅いなと、そう思った。そろそろ夜の八時を回ろうとしている。そのとき、ローズマリーが、僕を呼んだ。
「アキヒコ、お客さんよ」
階段を下りていくと、客の声が聞こえてきた。僕は心臓の高鳴りを覚えた。
まさか。
でもあの声はまちがいない。
玄関の壁にかかったヴィクトリア調の鏡の前にジョアンナが立ち、笑顔で僕を見上げていた。
「どうしても会いたくなって、やって来たのよ」
彼女の飾り気のない言い方が、僕の胸に響いた。
僕はジョアンナの手を取り、日本に戻ってから、もう一度連絡したいと言った。君のことが忘れられないからと、そう言えた。
ジョアンナから、キスの返事が返ってきた。
「もう変装はやめる」
「変装?」
「そう。あたしったら、デイビッドの前で本当の自分じゃなかったの。だってデイビッドもあたしの前では本当のあの人じゃなかったんだもの。――そんなの、やめる」
僕はジョアンナを思いきり抱きしめた。そのとき後ろでガタンと大きな物音がして振り返ると、ローズマリーが廊下の先で尻餅をついていた。
「二人だけにしてあげようと思ったんだけど…」
そっと奥へ立ち去ろうとしたローズマリーが、出しっぱなしの長靴に躓いたのだ。
僕らは顔を見合わせて笑った。もちろん、抱き合ったままで。
了
ローズマリーの宿から popurinn @popurinn
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