第3話
ハウス・オブ・ハーディのリールが二つと、折り畳み式の釣竿が三本。
僕は満足した気持ちで競り落とした品々をデイ・パックに詰め込み、会場の隅のベンチで地図を開いた。
マーケット・ストリートは、町の中心に近い住宅街にあった。思ったとおり、歩いて行ける距離だ。
途中花屋に寄り、ぶつかったお詫びに、小さな植木鉢を一つ買った。青い鈴のようなかわいらしい花と、届け物の紙袋を提げて歩いてゆく。
二七番は、二階建ての古びたタウンハウスの一角に見つけることができた。窓のベランダで、枯れた観葉植物が風に揺れているのが見えた。ピンク色のカーテンが半分だけ閉まっているのも見える。
呼び鈴を押し、返事を待った。勢いで来てしまったが、勝手に袋の中身を見てしまったことが、今更ながら心配になってきた。自分で届けようなんて思わないで、警察に持っていったほうがよかったのではないか?
そう思ったとき、目の前のドアが勢い良く開いた。
出てきたのは、若い女性だった。
二十代だろう。水色のTシャツに、膝の上で破いたジーンズを履いている。
長い金髪が胸の前で揺れた。背後から聞こえてくるのは、アップテンポのロックだ。
「ここは、ジョアンナ・グレッグさんのお宅ですか?」
僕は少し戸惑いながら、訊いた。
「そうだけど」
どうやら場所をまちがったわけではないらしい。
「ジョアンナさんはいらっしゃいますか」
「ええ。なにかご用?」
絵の具を落としたような青い色の目でこちらを見据えて、彼女は言った。言い方もこちらを見る目も、けっして好意的なものではなかった。
突然訪ねてきた男、しかも外国人に警戒しているのだろう。
「僕はアキヒコ、シゲハラ。今日、不注意でジョアンナさんとぶつかって、彼女を転ばせてしまったんです。そのお詫びに来たんですが」
あらあと、彼女は急に相好を崩した。
「ぶつかったとき、彼女が落し物をしたんです。お詫びがてら、それを届けにきました。悪いとは思ったんですが、中を見たらここの住所がわかったので…」
僕は紙袋を掲げ、それから、
「これはお詫びの印に」
と、植木鉢を差し出した。
「ありがとう、うれしいわ。なんだか得したような気分ね」
彼女はにっこり笑って紙袋と植木鉢を受け取った。彼女が喜んでくれるのは嬉しいが、ジョアンナ当人はどうなっているのだろう。
「ジョアンナさんは、大丈夫でしたか?」
すると、目の前の女性は、大きく目を見開いて、そしてふいに笑い出した。
「いやだ、ごめんなさい。あたしったら。あなたとぶつかったのは、あたしなのよ。あたしがジョアンナ・グレッグ」
「まさか、だって」
「あたし、役者の卵。今日はお芝居の稽古で、老人に扮してたの」
俄かに信じ難かったが、そう言われてみれば、思い当たることがあった。
抱き起こそうとしたとき、思いのほか力強く振り払われた。
紙袋を持って追いかけたとき、杖をついている老婆にしては、あっという間に姿を消した。
「バレたら大変だと思って、思い切り早く立ち去ったから、あなたの顔なんかろくに見てなかったわ。でも、うまく騙せたってことね」
そう言って悪戯っぽく笑った顔は、いくら見つめてもあのときの老婆に結びつかない。
「まだ信じてないのね? 証拠を見せてあげるわ」
彼女はそう言うと、ドアを大きく開いて、部屋の中へ僕を招き入れた。
あまり片付いているとは言いがたいキッチン付のワンルームは、そこかしこに本が山積みにされ、衣装なのだろう、色とりどりの服がこちらには積まれ、あちらには並べられている。
その中の窓際にあった一枚をつまんで、彼女は肩に羽織った。
それは昼間老婆が着ていた、この季節には厚手すぎるグレーのコートだった。そして彼女は部屋の隅にあった大きなボストン・バッグから白いウイッグを取り出してかぶってみせた。
「ほら、ね」
まさに、今日僕がぶつかった老婆だった。ただし、こちらを向いて笑っている顔は、生気にあふれている。
「――すごいな」
キラキラ瞳を輝かせる目の前の老婆に、僕は口を開けたまま見入った。
「でも、君って、勇気があるんだね。そんなにかわいいのにあんなおばあさんになって町に出てみるなんて」
本心だったが、言ったあと、僕の胸は、カッと熱くなってしまった。
「劇団の仲間たちもみんなうまく変装してるわ」
「全員が、老人に?」
「そうよ。見たい?」
彼女はウイッグを取ると、両手で自分の髪を整えた。
「これから稽古に行くの。見たかったら連れてってあげるけど」
ジョアンナの強引なペースに戸惑いながらも、僕は強く興味を惹かれては
じめていた。
全員が老人に変装している芝居なんて、おもしろそうじゃない
か。
「タダで見せてあげるわ。鉢植のお礼よ」
言いながら、ジョアンナは壁に立てかけてあった杖で、ポンと床を叩いた。その杖も小道具らしい。
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