第5話 『昼行灯』と呼ばれる男 前編

ー帝都東京・霞ヶ関 海軍省ー


樋端の紹介を受けた遠藤は、早速、彼が推薦した男、鼓舞武雄中佐を尋ねる事にした。

樋端の話では、鼓舞は二人の部下と共に軍令部第一部一課に所属しているそうだ。

勤務内容は、作戦関係だった。


第一部一課に向かうが、日米の関係が悪化している為か海軍省内は、ピリピリした雰囲気が漂っていた・・・。

目的場所に到着した遠藤がドアを開けると、室内にいた部員達が一斉に遠藤に視線を向けた。

中には、自分の側にある書類を咄嗟に隠すか露骨に隠す様な仕草をする士官達もいた。


内心、呆れつつ、遠藤は尋ねた。

「此方に、鼓舞中佐が所属していると聞いたが?」

すると、返ってきた返事は意外な言葉だった。

「彼なら出世して、外の物置小屋ですよ。」

同時に周りからは、陰湿な忍び笑いが聞こえてきた。

どうやら、鼓舞は彼等からは疎んじられているのを感じたが、無駄な時間を取りたくない遠藤は部屋を出る事にした。


「そうか、邪魔したな。」

そう言って遠藤が部屋から出ようとしたら、一人の男が声を掛けてきた。

「若大将殿、あんな昼行灯に何の用かは知りませんが、無能相手に時間を無駄にするだけですよ。」

嫌らしい笑みを浮かべながら言っている男を見て、遠藤はこの男が部署の中で一番、鼓舞を嫌っているみたいだが、同時に、遠藤を見下しているのを感じた。

「そうか、君は?」遠藤が聞くと男は、

「一課先任参謀の石島中佐です。」と答えた。


遠藤は、自分にも尊大な態度が見え隠れする石島に構う暇は無い事から、

「そうか。」と言って、部屋を後にした。

その際、石島は更に何かを言おうとしていたが、遠藤は無視した。


その後、石島達が言っていた外の小屋の前に来ていた。

「本当に物置小屋だな・・・。」

と思いつつ、遠藤はノックした。

すると、中から「どうぞ。」と気楽な声が聞こえたので、ドアを開けて入った。


中では長机を囲む形で、三人の男が書類を山積みにしながら作業していた。

その内の若い士官二人は、遠藤を見て慌てて立ち上がりながら敬礼をした。

軽く答礼をした後で、遠藤は平然と座っている男に尋ねた。

「君が、鼓舞武雄中佐だな?」

ここでようやく、男は立ち上がり敬礼をしながら答えた。

「はい。軍令部第一部一課参謀の鼓舞武雄中佐です。貴方は・・・と聞くまでもないですね。」


遠藤から見た鼓舞の第一印象は、『摑み所の無い男』だった・・・。

そして、遠藤は率直に、鼓舞に尋ねた。

「鼓舞中佐、樋端さんからの推薦があったが、第二航空艦隊の参謀長にならないか?」

遠藤の言葉を聞いた鼓舞の部下二人は、驚いたが、逆に鼓舞は、

「申し訳ございませんが、その気にはなれませんね・・・。」


鼓舞は、あっさりと断った・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る