目は口ほどに物を言う

藤瀬京祥

目は口ほどに物を言う

 なんとなく朝から教室がざわついているような気がした高遠たかとおは、昼休みになって、後ろの席にすわる瀧尾たきお優史ゆうしに話し掛ける。


「なにかあったのか?」

「……なにかって、なに?」


 声を掛けられた瀧尾はなぜか不機嫌で、高遠を見ることもなく教科書やノートを淡々と片付けている。

 瀧尾の様子がおかしいことに朝から気づいていた高遠は、あえてそこには触れず話を続ける。


「いや、なんかさ、教室の空気がピンクっていうか、浮かれてね?

 こう……フワフワした軽い感じ?」

「……知らねぇ」


 やはり素っ気なく返した瀧尾は片付いた机の上に弁当を広げると、黙々と食べ始める。

 さすがにこれは……と思ったら高遠は、思い切って尋ねる。


「なにかあった?」

「だからなにかってなにっ?」


 繰り返される高遠の質問に、いよいよ瀧尾は苛立ったように返してくる。

 本当になにも知らない高遠は少し驚いたが、そこに隣の席にすわる朝比奈が笑いながら割り込んで、高遠……というより、瀧尾を助けにきたのだろう。


「なになに?

 フミ君知らないの?」


 少しからかうように話し出す朝比奈あさひなに、高遠は素直に 「なにを?」 と訊き返す。


「知らないかぁ~」

「お前こそ、俺のことフミ君とか呼んでるけど、読めないくせに」


 今度は少し自慢げに笑う朝比奈に高遠も返す。

 高遠たかとお文衞ふみひろ、それが高遠のフルネームである。

 これまで初見で、フルネームを間違えずに読まれたことは一度も無い。

 それが自慢になるかといえば本来はならないが、この場では十分有効な対抗手段であった。

 実際に読めない朝比奈は、何度読み方を聞いても覚えられないらしく 「ひらがなで書けよ」 とまで言い出す始末。

 対して高遠は 「お前に読んでもらう必要ねぇし」 と返す。


「フミ君、冷たぁ~い」

「お前のザルな記憶力なんてどうでもいいんだよ。

 それより瀧尾」

「高遠って、結構瀧尾好きだよな」


 一足先に黙々と食べる瀧尾に続き、高遠もお弁当を瀧尾の机に広げる。

 すると今日はパン食らしい朝比奈は、菓子パンの袋を破りながら 「ああ」 と答える。

 そして大口でパンを食い千切りながら瀧尾を見て、楽しそうに笑う。


「好きだが、なんだよ?」

「大丈夫、俺も結構瀧尾好きだから。

 高遠もな」


 少し照れたように返す朝比奈だが、またしても高遠に 「お前の趣味は訊いてねぇ」 と返される。


「フミ君、冷たいよなぁ~」

「で?」

「それがさ、何がどうしてそうなったのか教えてくれないんだけど、来週、皆川に告るらしい」

「誰が?」

「瀧尾が」

「なんで?」

「だからそれがわからないって……言ったじゃん、俺」

「そうだっけ?」


 思い思いに始まる昼食で雑然とする教室内、二人は淡々と話す。

 瀧尾が同じクラスの皆川のことをを好きなのは知っていた二人。

 振られるのが怖くてただ遠目に見ているだけの彼を 「お前、キモい」 とか 「ストーカー」 などと言ってよくからかっていたのだが、それがどこをどうしたら一週間後に告白をするなんてことのなったのやら。

 全くわからないという高遠に、朝比奈も 「俺もまーったくわからないんだよな」 と同意する。


「女子はなにか知ってるっぽいんだけど」


 さりげなく朝比奈が視線を送る先。

 一つの机を囲んでお弁当を食べる女子生徒の中に皆川の姿を見て、高遠は、彼女と一緒にお弁当を囲んでいる二人の女子生徒を見る。


「……あ……関口せきぐち大飯おおいか」

「あいつらだけじゃなくてさ、女子全員知ってるっぽいんだけど、ずるくね?

 そんな面白いこと、女子だけで独占するとかさ」

「女子ってそういう生き物なんだよ」

「ちょっと彼女いるからって知ったかぶるんじゃねぇぞ」

「朝比奈はそういうところな。

 でもまぁ、教室がピンクなのはわかった」

「なに、そのピンクって?」

「いや、ピンクっぽくね?

 ちょっとフワフワした綿菓子っぽい雰囲気」


 すると朝比奈は少しにやける。


「ピンクって聞くと、ちょっとHな感じしね?」


 その脳裏に浮かんでいるであろうあらぬ妄想を想像し、高遠はうんざりした顔をする。


「ほんと、朝比奈はそういうところな。

 なんかこう、楽しそうに浮かれた感じだよ。

 伝わらないかなぁ?」

「例えば?」

「例えば……そうだな、ヴァレンタイン前のそわそわした感じ?」


 やはり脳裏にどんな妄想をしているのかはわからないが、朝比奈は 「それならなんとなくわかる」 という。


「確かにな。

 なんとなくそんな感じがするな。

 うん、ピンクだ」


 すると今度は高遠が言う。


「お前が言うとちょっとHっぽいな」

「なんだよ、それ?」

「とりあえず、来週に瀧尾が皆川に告白するのはわかったというか、実はまだよくわからないんだけど、それを皆川自身も知ってるっていうのがもっとわからないんだが?」

「だからさ、俺も知らないんだって」

「しかもなんで瀧尾がこんなに不機嫌というか、落ち込んでるわけ?」

「全く以て俺にもわからん。

 ってかこれ、落ち込んでるの?」


 高遠と朝比奈の会話に参加こそしていないが、ずっと瀧尾優史はここにいる。

 ずっと自分の席にすわり、二人の会話を聞くともなしに聞きながらお弁当を食べている。

 そんな瀧尾を指さして言う朝比奈に、どんよりとした空気を全身から放つような瀧尾は沈黙を貫く。


「あれじゃね?

 ほら、高遠がいつも、いい加減告ってさっさと振られろとか言ってたじゃん」

「それで振られる前提になって落ち込んでるってか?

 朝比奈じゃあるまいし」

「いやいやいや、絶対お前のせい」


 自信満々に断言する朝比奈に呆れた高遠は、眼の前にすわっている高遠や朝比奈とは絶対に目を合わせないようにして黙々とお弁当を食べている瀧尾を見て思案すると、「よし!」 と声を上げる。


「瀧尾、俺と一緒に高校生活をエンジョイしよう!」


 そう言って瀧尾の肩をぽんと叩く。

 その自信……いや、その発想がどこからやって来たのか理解出来ない瀧尾は、ようやくのことで上目遣いに高遠を見る。


「……いや、もう俺、振られるから。

 これ、決定だから」

「そんなことないって」


 これもまた高遠には、どこから来る確信か理解出来るはずもなく。

 とにかく瀧尾を勇気づけようと、あえて明るく振る舞う。


「わかってるから。

 俺のことは放っておいて、お前は一人、薔薇色の高校生活を送ってくれ。

 俺は卒業まで一人、ドドメ色の高校生活を送るから……」

「ドドメ色って……」


 高遠が悪いわけではないのだが責任のようなものを感じて困るが、そんな二人の脇で朝比奈がドドメ色について尋ねるくるのは二人揃って無視。

 高遠はなんとか瀧尾を元気づけようとするけれど、瀧尾の耳には全く届かない。


「わかった。

 俺が一緒になんて告るか考えてやるから」

「いや、もうなに言っても無駄だから」

「じゃあなに、一緒にドドメ色の高校生活送ればいい?」


 思考がどこをどう巡ればそうなるのか?

 高遠の出した意味不明な結論に瀧尾も呆気にとられる。

 そのためだろうか?

 彼もまた、とんでもないことを口走る。


「……お前さ、どんだけ俺のこと好きなの?」

「どんだけって……」


 考えながら何気なく顔を上げた高遠の表情が不意に強ばる。

 気がついた瀧尾が、それに朝比奈が続いて高遠の視線を辿ってみると、三人を見ている皆川と視線が合う。

 一緒にお弁当を食べている関口や大飯までが……。

 仲良し女子三人組の、仲良し男子三人組を見る表情を見て瀧尾は全てを悟る。


「……終わった。

 完全に終わった」            ー了ー

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目は口ほどに物を言う 藤瀬京祥 @syo-getu

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