第7話 始動
「....電波障害か?もしくは....またか」
その言葉に込められた感情は.....恐怖。ここでもまた同じことになってしまうのかという、本来抱くはずのない、というか抱く必要すらも存在していない恐怖神というものを暁は確かに覚えてしまっている。似たような光景は....前に一度だけ見たことがあり、そのことについて完璧に覚えてしまっているのだから.....この光景を見てその時のことがフラッシュバックしてしまったのだろう。
どこか苦虫を嚙み潰したような表情は、確かにそれが本気で嫌なことであるということが周囲の人間にも十分すぎる程度には伝わってくるのだろう。それだけは、力でもどうすることもできない.....過去だけは変えることがやろうと思えばできるのかもしれないが、少なくとも労力に対してのメリットが見合っていないのだから。
心臓の鼓動が、少しずつだが早くなっているのを暁は実感する。圧倒的な力での情報の暴力を....それを目標としてこの配信を立ち上げたわけなのだが、そこに行くまでもなくまた同じようなことになってしまうのかと、そう思ってしまえば自然と緊迫とした空気になってしまっているというわけだ。
ちらりと、減っているのだろうなと何処か諦めの感情を抱きながら同接数を確認してみれば、同接数は....減っていない。そう、減っていない。多少の前後はあるのかもしれないが....未だに1000人以上を維持することが出来ている。
「あ、あれ....?」
流石にこれは予想外すぎる。少なくとも900人以上はいなくなっているのだろうなというどこかあきらめの覚悟を抱いていたわけなのだが、それらがすべて無駄になったわけであり、良い事なのは間違いがないのだがあまりにも想定外すぎることに対して処理能力が追い付かなくなってしまう、なんてバカみたいなことが起きていた。
どうしてここまで、残っているのかと本気で疑問に思ってしまっている姿というものは実に滑稽でしかない。阿呆らしい、というわけではないのだが.....目を点にしているわけでありこんなことになっている暁の姿、なんてものを今まで見たことがある人物はいないだろう。
:自殺行為だろ?!
:初心者だからってそれは....
:命がヤバいからマジでやめな!!
:え、誰か助けに行けるか?
:無理無理....
:期待の新人が死んで逝くのを見るしかできないのか.....
帰ってきているのは圧倒的なまでに、予想外でしかない反応。自分が心配されているなんて初めての経験でしかないのだから、どう反応をすればよかったのかとわかんなくなってしまう。白夜には似たような反応をされたことはあるが、それでもあれは暁の実力を知ってそれが疑いようのないものであるとわかっているからこそそこまで心配しているようにも感じることが出来ずに、どこか信頼感を感じさせることが出来るような内容だ。
小言をぐちぐちぐちぐちと言われていたのは暁にとってもある意味で、いい思い出になっているだろう。いやまぁ、苦い表情をまず間違いなく浮かべてしまうのだろうが、白夜に会うことが出来なくなっている今では、確かに暁の中ではその経験も一種の思い出というものに昇華されているのだ。
「心配...か」
思わず笑みが漏れてしまう。初めてのことではある物の、嫌な気分は一切しない.....どころか嬉しいとすらも、思ってしまう。少なくとも、今の段階では自分のことを受け入れてくれているということになるのだから、そう思ってしまうのも仕方が無い話なのだろう。
何度も言うことになるのだが、今の今までこんなことはなかった。まともな友人なんてものは、白夜以外にはいなく親も親で父の方は死んでしまい、母の方は小学生の頃に、まだまだ幼かった暁の、
配信を始めた後は、フェイク動画やら迷惑系配信者やら炎上系配信者やら....そんな風に、まともに話を聞いてもらえず底辺の配信者をやっていたわけで、人の温かみに触れたのは...一体いつぶりなのかと、そう思わずにはいられない。人の愛を知らない悲しい怪物.....言い方は悪いのだが、そう、としかいうことが出来ないような人生を暁は歩んでいる。
「大丈夫だ。私は、強い」
だから、なのだろうか。今までのどの表情よりも明るく自信満々にそう宣言する。
嘘ではない。自身の力は誰にも止めることが出来ない....紛れもない
心配をしてくれているということは嬉しいものの、それは無用の長物であるとそう確信をもって言うことが出来るのが
手加減は、1000年の間で考えてある。視聴者に見せるため、というよりかは自分自身が戦いをもっと長く楽しむため....といった方が正しいのかもしれないものの、それでも間違いなくできる。かつての自分であればそんな自信なんてものはなかったのかもしれないが、それでも今ならばできるという自信が満ち溢れている。
「刮目しろ...これが、超越者だ」
:ちょっ、後ろ?!
:うわ、ゴブリンキングだ...
:東京第一ダンジョンって、フロアボスがうじゃうじゃいるってほんとなんだな...
:え、てか刮目しろとか言ってる場合じゃなくない?!
:避けて!!
長々と、話をしているうちにすぐ後ろまでモンスターが接近してしまっていたらしい。正面から、暁のことを撮るという形になっている為視聴者たちは気づいているようなのだが、暁が....
しかし.....そんなことは気づいている。いや、この程度のことに気づけないわけがないのだ。視聴者の心配とは裏腹に暁は一切合切の、油断も不安も....何も感じているわけではない。そこにあるのは、ただただ殲滅するべき敵がいるだけという機械的な感情のみである
:え?!
:??????
:?!?!?!?!?!
:ワンパン?!
:え、あ?!
:何があった?!
「蹴った、それだけだ」
どうやら何をしたのかを見ることが出来ていないようなのだが、暁はなんてこと内容に伝える。『蹴っただけ』言葉にすれば実に、それだけでしかないのだが.....暁の蹴りなんてものは一体全体、どれほどの威力を持っているのか.....その全貌を知っていれば恐ろしく感じることが出来るだろう。
実際、その蹴りの余波というものは近づいてきていた『キングゴブリン』とやらを貫通して、通説では壊すことが出来ないといわれているダンジョンの壁に穴をあけている。
「さて、これで私の実力は証明できたかな?」
証明、どころの話ではない。これでも力を抑えているとはいっても、意味の分からないようなことが視聴者にとっては目の前で突然起きているのだから、コメント欄が一斉に止まってしまう。本日、2回目実に数分ぶりの光景であるということは間違いがない。
そこにあるのは恐怖か畏怖か.....何にせよ、本能的にやってしまったということを悟った暁には、この後の光景がまるで現在進行形で起きているかのように、鮮明に思い浮かんでしまう。同接数は、まだ減っていないのだが思考が停止をしてろくに動くということが出来ていないだけ泣きもしているし、動き始めてしまえばどんどんと数が減っていくのだろうと、かつてのことを思い浮かべる。
情報の暴力で、圧倒すればいいと。そんな軽い気持ちで初めては良い物の、その情報の暴力を受け止めきれるだけの余力がないのだろうか。行き当たりばったり、まさしくその言葉があっているようなことをしているのだから...こうなってしまうということは実に、わかりきっていたことなのかもしれない。
尤も、そんな暁に予想なんてものは....良い意味で、暁が一切予想をしていない形で裏切られることになった。
:フェイク...じゃないよな?
:最近はそれも減ってるし、そもそもフェイク判定が出てない
:AI君、優秀だからね....え、てことはマジで?
:えっぐwwwww
:フェイクであってくれ....他の配信がオワコンになる....wwww
「......は?」
唖然としてしまっているのは、気のせいではない。同接数は...減っていないどころかむしろ、異常なまでに増え続けているのだから。話には聞いたことのあるこれがバズなのか、と頭の何処か冷静な部分では囁いてはいるのだが、その大半の思考能力というものは完璧に固まってしまっている。
1000人どころか、2000人、3000人....といった具合に本当に増え続けている。自分でも見たことがないというか、ここまですることが出来るのは天井の存在だけであると、今の今までそんなことを思っていたような数字にいとも簡単に届いてしまっているわけだ。
「いやいやいや....ちょっと待ってくれ」
最終的な結果は、ここまで到達をすることだった。そこに変わりはないし、1回目で目標まで行くことが出来たというのは....嬉しい限りなのだがそれでも1回目で到達してしまったということに対して言い表せぬ恐怖感というものだったり、現実感がなさすぎたり....有り体に言ってしまえば全力で困惑をしているのだ。
少なくとも、本人は1回目でここまで行けるとは思っていなかったし地道な積み重ねで───なんていうらしからぬことすらも、視野に入れていたようなのだがそんなこと必要なくなっているあたり、どこまでも想定外でうまくいっていないということが伝わってしまう。
何度も言うが、確かにうれしい事ではあるのだ。当面の目標にしていたものが、こうも簡単に達成することが出来たということ自体は別に暁も悔しがっていたり嫌がっていたり....そんなわけではないということは断言できる。
それでも、驚きの感情というものが勝ってしまったようであり自分でもわからないままに、そんな言葉を次々と口に出してしまっている...なんてわけだ。
「....なんで?なんでここまで多いの?!」
暁...17と1000以上歳。心からの叫び。
始まりの鼓動は、まだまだ終わらない。
元世界最強の超越譚(イクシード) 潮風翡翠 @kirisamemarina
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