第5話 帰還

「んはぁ.....あたし、だいぶ久々に太陽の光を見た気がする.....」


 ググっと、暢気な言葉を喋りながら暁はダンジョンの目の前で背伸びをする。本人の体感的には、実に1000年以上ぶりの日の光であり、どこか懐かしさ素r真緒感じているようなのだが......そんな暢気なこと言っていることが出来るような状況に暁は置かれていないのかもしれない。

 少なくとも、ここから見ることのできる様子というのは暁の知りえている、覚えている光景とは似ても似つかない光景であり超速で駆け抜けたダンジョンの中は何も変わっていないように見ることが出来たのだが、外の様子というものは全くをもって違う。


 見覚えなんてものは当然なく、ダンジョンの中の景色がなければ本当にここが自分の知っている場所なのかと、疑ってしまう。手持ちの魔法の中には、転移をすることが出来るものがあり.....そういったトラップに引っかかってしまってのではないかとそう、思っていたのかもしれないが。

 まぎれもなく、ここは自分の知っている場所なのだと。自分の知っている、東京・・出会った場所なのだと。そう断言をすることが出来てしまう。


「さて、政府の所でも行きますかね?」


 今の自分がどういう判断を下されるのかということはわからないのだが、少なくとも1000年以上前の人間が生きているということになってしまう。それは、手元に残っている学生証が証明をしてしまっているわけであり。

 自分をどうにかすることのできる存在、が未来にいるとは....到底思うことが出来ないがそれでもできるだけ穏便に済ませたいと、そう思っているのもまた事実であるわけであり.....だったら最初っから政府にとつればいいんじゃね?という実に、迷惑な思考をしているわけだ。


 1000年もの間、考える時間はあったのだから、その思考が多少なりとも変わってしまっていても違和感はない。それこそ、暁だからこそ精神が壊れていないだけで常人が1000年もの間1人だけの、動くことも何も見ることもできない場所にいるというのは廃人になってしまってもおかしくはない。

 暁は廃人にならなかった代わりに、思考が変わった。今の暁の思考を表すとするのならば、天上天下唯我独尊....といったところであり自分の実力というものに絶対的な自信を持つことが出来るようになったと、今までも無意識のうちにそういった言動をとることは多かったのだが、今では意識をしてすることが出来るようになってしまっている。


「あーでもそうか....あたしの情報って今、何も残ってないのか....」


 無遠慮で、特に何かを考えるわけで....はないのかもしれないが、少なくとも政府に凸ろうとしていた暁なのだがふと、今のこの時代には自分の情報がほとんど残っていないのだろうなと、そんなことを思い出すことが出来る。

 動画は、インターネット上である以上残っているのかもしれないが1000年以上前の動画を探し出すなんてことは、どれほど難しい事なのかとそれぐらいは簡単に想像をすることが出来るのだから、中に残っていた理性というものが何とか行動に移そうとしたところを止めることになる。


 ただし、かといってほかにやることがあるかどうかで言えば何もない。あまりにもできることが少なすぎる、というのが原因なのかもしれないが.....この場所には暁以外に生命反応があるわけではなく、一番近くの町に言っても自分は身元不明の不審者である以上どうすることもできない。


「うーん.....湊が生きてたら話を聞けたのかもしれないけど....」


 すでに動かなくなってしまっているスマホに目を向ける暁。このスマホが生きてさえいればまだ何とかすることが出来たのかもしれないが.....流石に1000年も経っているのだから無駄であると.....そんなことを思いながら電源ボタンに手を当てる。


「ま、何も起こらない....え?」


 一度、電源を入れるようにボタンを押しても反応はない。一抹の望みにかけてシャットダウンから電源を入れるようにボタンを長押ししてみれば......本人の予想とは違い、実にあっさりとスマホの電源はつくことになる。

 1000年以上も経ってしまっているのだから内部データなどはともかく、バッテリーなどは死んでいるのではないか.....なんてことを思っていた暁のようなのだが、封印をされていたのだ。暁も見た目が一切変わっていないこともそうなのだが、封印に巻き込まれたあれこれというものは時間が止まっていたからこそそれらはいとも簡単に電源が入ったというわけだ。


 嬉しい誤算であったのは、言うまでもない。使えない前提で考えていたからこそ悠綱気分になってしまっていたようなのだが使うことが出来るのであれば話は全く別の方向に行くわけではあるし、これで暁が行えることもだいぶその範囲が増えてくるというもの。


「湊....」


 LINEを開けば、そこには送られてきていたメッセージの通知が時が動き出したかのように一斉に来る。誰もが、暁のことを心配してくれていたようであり....その中でも自らが唯一の親友であると認めている湊からは行方不明からの死亡判定がされた後でも、暁が生きていることを信じて、何回もメッセージを送っていた。

 勿論、それらは返信が出来ていない。今未読から既読に変わったのだから当たり前の話であることは間違いがなく....


「『ただいま』」


 ゆっくりと、そんな言葉を暁は打ち込む。きっともう、湊からの返信が来ることはないとわかってはいるものの.....それでも大好きな親友に対してその言葉を贈らずにはいられなかった。

 1000年もあれば、世代は大分変わっている。もしかしたら湊の子孫が今もどこかで生きているのかもしれないのだから.....それを探してみるのもありなのかもしれない。暢気に、それでいてどこか覚悟めいたものをその瞳に宿しながら暁はそんなことを考える。


 情報は一切ない。調べる術も、このスマホ以外にないのだから本当にできるのかどうかは怪しい。だけど、超越者になっている以上肉体的にも、そして精神的にも死という概念からはかけ離れてしまっている為時間なんてものは大量に存在している。

 それらは、どれほどの時間がかかってしまったとしてもかまわないと暁はそう考えていた。湊が、自分がいなくなった後でどんな人生を歩んでいたのか....どんな気持ちにさせてしまっていたのか、あわよくば彼女の墓などがあればその前で手を合わせたいと。


「.......うん、けどあたしが悲しい表情をするのは湊も望んでないよね」


 出かかってしまっていた涙を、意思の力で抑え込む。どんなことを思ってくれていたのかはあくまでも想像でしかないけど、こんなところで泣くのは望んでいないと。LINEの文面は明らかにいつか、暁がこの画面を見るという前提で話を進めているように見えて....それを暁が間違えるはずがなかった。

 信じてくれていたのならば暁にできることは、その期待に応えるということだけ。それしか、今の暁にはすることが出来ないのだから....それが正しい事であるとそう思っているからこそ。己の考えを信じていくだけだった。


「でも、どうしようかな....」


 自分自身の中でやることは決まっても、それをどう実行すればいいのかだなんてことは流石にこの一瞬で思い浮かべることが出来るわけではない。何かをしようにも身分証という壁が立ちはだかってしまうわけではあるし....物理的な圧力というものを今の政府にかけることはできるのかもしれないが、それは望んでいるものではない。

 かといって、政治的な影響力があるかどうかで言えば....元々いた時代ですら実力のことを政府にすらも隠していたわけであり、ましてや未来には自分自身の影響力なんてものはないとそういやな断言をすることが出来てしまう。


 とはいっても、最終手段を持っているだけ心構えは楽なのかもしれない。少なくとも、不安になる要素は最終的に全てないのだからそうなりかけてしまったときにはどうすることが出来ると、そう思っているわけだ。


「あ......」


 そこで、ふと湊の言葉を思い出す。これをするのであれば....成功すれば影響力を持つことが出来るのではないかと、そう思うことが出来るようなことを。ただし、唯々やればいいというわけではないし....暁も暁でどこか苦い表情を浮かべてしまっているのは確かなことなのだろう。

 最も、1回自分が失敗しているものに対してそういった感情を抱いてしまうというのは特段おかしい事ではないのだからそうなってしまう気持ちというのもなんとなく理解できるのかもしれない。


 成功をすれば、確かに影響力を手に入れることはできて.....湊の子孫を探すことが出来るのかもしれない。だけど、本当にこれ以外の方法がないのだろうかと、苦悩をしている暁の表情は面白いほどに様々なものにへと変わっていってしまっている。

 今更何かを言われて病むような精神は持っていない。そんな精神では廃人になっていしまっていたのだろうから捨てているというか、そもそもの話として最初っから気にしているほど、何か心で思っているというわけでなかったのだろう。


「.....うん。の武器といえばこれだよね」


 もしも伸びなかったら、なんて嫌な想像を思い浮かべてしまうが、それを思い浮かべたところで暁が思っている以上にダメージが来ることはなかった。上位者が下位存在のことを気にするかどうかで言えば....気するわけがないのだからある意味でその反応は正しいのかもしれない。

 あの頃は、成り立てということもあって精神性まで完璧に上位存在になっていたというわけではないのかもしれないが....今はそんなことない。


「始めますか、あたしの配信を!」


 かくして超越者は、再び鼓動する。その先に待ち受けているものを、破壊するために.....

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