第3話 解放

「ッ......」


 クソダンジョン....正式名称『東京ダンジョン』の地下4991階。存在自体は知られているものの、東京ダンジョンそのものが未だに150階層で攻略が止まっているということもあってか、何があるというものはわかっておらず......人が手を出せない未観測のダンジョン、ということもあってかなり貴重なダンジョンにへとそこは成り果てていた。

 そこには、本来ボスモンスター以外の生体反応はないはずなのだが.......今だけは違う。遥か昔に、封印をされていたそれが目を覚ましかけているのだからボスモンスター以外にも生体反応がついている。


 しかし、気づくことはできない。彼女は既に、忘れ去らている存在であり彼女のことを封印した存在からももはや眼中にない存在として、扱われているのだから誰もそのことを気にする存在なんてものはいないのだ。

 それでも、確実に目覚めている。目覚めてはいけないものが.....目覚めさせては決して行けなかった、この世の理から全てが外れている規格外の超越者という存在が。


「意識を取り戻してから1000年....あたしが封印を破壊するの、結構早かったじゃない」


 暁を封じ込めていた、封印の魔法陣が砕け散る。ぽつりと呟かれた言葉は紛れもない暁の本音であり、がちがちに自分対策をされていたということもあって最低でも1000年ほど、最悪の場合1万年程かかるのではないかという予想を封印の中で意識を取り戻してから立てていたのだから1000年と少しで、破壊することが出来るのは予想外だった様子。

 これが最後、暁の施した抵抗。あの一瞬で魔法陣のことを解析し終えそのうえで.....いつになるのかはわからないが、封印の中でも自分の意識が保つことが出来るようにと、保護魔法プロテクションを施していた。初めての試みではあるものの自身の持つ特別な力、特殊能力オリジンスキルが既存の物に捕らわれることはないということを知っているからこそ、特に不安もなく賭けに出ることが出来た。


 相当なギャンブラー気質を持っているのかもしれないが、結果的に暁はその賭けに大勝ちをした。これ以上ない程の成果を出しているのは間違いがなく、その結果が自分に施されていた封印の解除となればなにも文句のつけどころはないのだろう。

 かくして超越者は再び現世にへと戻ってくる。人知れず、誰にも知られることなくその強大な力の持ち主は再び世界に対して猛威を振るうことになってしまうのかもしれない。


「さてさて.....私の知っている時代からは何年進んでんだ?」


 感傷も浸るのも早々に、暁は目の前にいた巨大なドラゴンをかつてのように屠る。同じ個体、というわけではないものの古代龍エンシャント・ドラゴンという同じ種族であることに間違いはないのだから、二度目はない。一度目すらも存在していなかったのかもしれないが、どれほど昔であろうとも戦闘に関することは決して忘れることのない圧倒的なまでの戦闘センスというものを持っている以上古代龍エンシャント・ドラゴン如きに0.1秒もかかる通りは存在していない。

 それに.....なぜだか、目覚めてから今まで以上により素早くより力強く、動くことが出来ている気がするのはきっと気のせいではないのだろう。なにせあの時と全く同じ力を暁は込めていたはずなのに、原形が残っていた前回とは違い今回は原形すらも残らないような惨状になってしまっている。


 全くもって予想外であり、一切合切想像を本人すらもすることが出来ていなかった強化なのかもしれないがそれで驚くということはない。強くなっているのならば、それでいいと、自分に不都合さえなければそれでいいとどこかそう割り切っているからこそ驚くことはないのかもしれない。


「取り込んだのか....私は」


 それに、心当たりがないというわけではない。本能的に、直感的に自分の身体に何が起きているのかということをわかっているのだからわかっていることに驚くほど感情豊かでオーバーリアクションを取るような性格を暁はしていない。

 因みに、何が起こったのかといえば簡単な話であり魔力を取り込んだ。ただただそれだけの話なのだが、暁はそれを是としない。魔力をそのまま自分の力にするというのには圧倒的なまだに忌避感があるからこそ.....己の身体の中で魔力によって手に入れた力を別の力にへと昇華させる作業というものを静かに行なっている。


 当然誰にでもできるような作業ではない、ということは間違いがなく世界を見ても暁以外にそんな無茶なことをするような馬鹿俳諧からこそ前例がいないというべきなのかもしれないが.......ある意味で、暁がその行動をするのは間違いではないということは、暁が知るのはもう少し後の話となってくることだろう。

 今は、唯々この力が気に食わないからという理由だけで排除していく。こんなものがなくとも....ダンジョンの関係ないところで手に入れた超越者の力のほうが圧倒的に強いのだから、そしてそれを混ぜればを完全に自分の物にすることが出来るということも、本能的にわかっている。


「よし、完了。異形なる顕現ニャルラトホテプか.....今までと同じクトゥルフ神話の名前だが、系統は違う....のか?」


 暁自身の超越者としての力には必ずクトゥルフ神話の神格の名前が名づけらえれるという法則性が存在している。『無限超越ヨグ=ソトース』、『創造アザトース』、『不浄の支配アブホース』....そして今回手に入れた異形なる顕現ニャルラトホテプ

 どうしてそうなるのかは、暁自身にはわかっていないものの他者の力を完全に自分のものにすることが出来たというこれ以上ない程わかりやすい目安であるということも間違いではないのだから深くは気にしないようにしているらしい。まぁ、本音を言ってしまえばまず間違いなくめんどくさいからなのかもしれないが....それは言わぬが花というものだ。


「....まぁいい。とりあえず目下は、このクソダンジョンの攻略だ」


 感触はいい。強化されている気配なんてものはないし、先程の通り寧ろ自分自身が強くなっているまであるのだからこれを攻略するのは簡単なのだろう。そもそもの話として自身が強くなる前から本気を出してしまえばこの程度、一瞬で終わってしまうということを加味してもすでにこのクソダンジョンは暁の中でつまらないものという認識にまで落ちてしまっていた。

 あまりにも危険な思考であるということは間違いがなく、少なくとも暁が知る限りではこのダンジョン以上に手ごたえがあるダンジョンなんてものは存在していないのだからその表情からは、完全にやる気がなくなってしまう。


 強者、兵との戦い......言い方は少し古いかもしれないがそれらを楽しみにしていた暁にとって余裕で勝つことが出来てしまうという判断はこの上なく絶望的な宣告であるのは間違いがない。常人であるのならば喜ぶのかもしれないが、格下の存在と戦ったところでわずかな経験値にしかならない以上、暁には喜ぶ要素というものが何も存在していない。

 1000年以上の間で、ここ以上に厄介....戦いがいのあるダンジョンが出現していれば暁にとっては御の字なのかもしれないがどうしてだかそれを期待するようなことはない。そもそもの話として、強いものと戦うことが出来る可能性があるからこそダンジョンに潜っているのかもしれないが、本質的にはダンジョンなんて言うクソシステムを暁は嫌っている。


「さっさと終わらせて....私とあいつの因縁に決着着けて....異世界にでも行くか?」


 暁が封印される前の時代。2024年から100年ほど前に出現したダンジョンなのだが世間一般的にはどうして出現したのかわかっていない、ということになっているのだが暁は個人的に、その真相にたどり着いている。そのせいでダンジョンには嫌悪感しかなく、本人の言う因縁のある『あいつ』とやらとの戦いを繰り広げていたというわけなのだろうか。

 少なくとも決着を着けてと言っている以上、暁と同格の存在なのかもしれないが.....そのような存在が暁以外にいるということは恐怖以外の何物でもない事だろう。


 へらへらと笑ってはいつつも、その眼には確かに怒りが燃えている。自分を封印した相手なのだから当然であり、それが殺し合いをする程度には犬猿の仲であるならば......より一層当たり前であるという感想しか思い浮かべることが出来ないのかもしれない。

 残念なことに、大っ嫌いな人間の成すことを黙ってみているましてや自分に害が及んできたものを笑って許すことが出来るほど暁の器は大きくない。必ずやり返すと.....その表情は確かにそう物語っているわけであり、このダンジョンの攻略など前哨戦にもならないようなそんな作業でしかないわけだ。


「さて、さっさと終わらせて....地上に戻るぞ」


 瞬間、地面を踏みぬけば床が壊れる。大胆なショートカットであり上層などでやってしまえば人を巻き込みかねないかもしれないが、この場では人のことなどを気にするだけ無駄。自分以外に、誰もいないということは既に分かっているのだから気にせずに暴れることが出来ると言わけだ。

 傍迷惑でありながらも、運が良ければボスモンスターに対してショートカットと同時にいくらかのダメージを与えることが出来るという本人からしてみれば至極真面目な方法。こんなものを真面目にカウントしてしまえばまず間違いなく頭が痛くなるのかもしれないが.....それで実際にいくらかの効果が出ていることが質が悪い。


 暁が直接攻撃で加えるダメージに比べれば微々たる量なのかもしれないが、それでもひるませることが出来る程度のダメージは確かに存在しているわけで。暁の前でそんな隙を見せてしまえば.....どうなってしまうのかは大体察しがついてしまう。


「ハッ!クソガミ....私を止めたきゃもっと手ごたえのある化け物を用意しろ!!」


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」


 上の階層にいたドラゴンとは違い、そこまでの大きさはないのだがそれでも十分に化け物であるということがわかる見た目。『亜神』という神の領域に到達している存在の1体である.....『ゴーダマ』なのだが、古代龍エンシャント・ドラゴンと同じような断末魔を上げると一瞬でその姿は消え去る。

 原理としては古代龍エンシャント・ドラゴンと同じだが....今回違うのは手加減をしていないということ。もうこの程度の敵を楽しむ理由なんてものはないと、そう物語っているようにその表情は見ることができ.....そして実際に行動にもその意思というものは如実に表れていた。


「さぁ、さっさと始めようか....!」


 その視線の先には、亜神の存在なんてものはなく先ほど踏み抜いたことによって出現している最下層までのショートカット。すでに、残りのボスの姿は見えているわけであり......暁の瞳の中には殲滅するべき雑魚であるという認識しかないのかもしれない。

 だからこそ、一切の躊躇いなくその穴の中に飛び込むということが出来てしまう。当たり前のように鎧袖一触にすることが出来るわけなのだから当たり前といえば当たり前だろうし.....それだけの実力がなくとも、結局のところ暁の性格的にはこの行動をしないと断言することは中々に難しいといった感じなのだろうか。


 哀れな何も知らないボスモンスターたちの命はもう長くないのかもしれないが....それは暁本人にしか知りえない事であり、矮小なる存在である人間が来ると。そのような思考しか、ボスモンスターたちは持ち合わせていなかった。

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