32 ある時ある場所では
鉄格子の填められた窓際で、息をしているのかと疑う程に青白く透き通る肌をした少年が、感情の見当たらない虚ろな目で右半身を窓に
ギィ………
ノックもなく開かれた扉から気を遣う気配もないまま入ってきたのは、手入れもしていない鈍く沈んだ色の髪を一つに纏め上げた老婆だった。
その手には千切ったのみといった不格好な生野菜と、火を通した事だけは分かる肉の塊が雑多に置かれていた皿がある。盛り付け等という繊細さは一切ない、ただ皿に『置いた』だけの食べられる物といったところか。
「………」
家具らしい家具も見当たらない室内で、床以外では唯一腰を掛ける事の出来る、窓際の作り付けである木製のベンチの上に座ったままの少年は、老婆の入室にも言葉もなくズカズカと近付き少年の傍らに放るように投げた皿の無遠慮で乱暴な音にすら、まるで聞こえていないように
少年のそんな姿はいつもの事なのか、老婆の方も木皿を放り投げると、皿の中身が散らばっていないかの結果などにも興味がないといった様子で役目を終え、さっさとその場から立ち去った。
子供が着るには大きすぎる、布一枚だけで出来た大人用と思われる足元さえ見えないほど長い部屋着を身に付けた、髪の毛は全て定期的に剃り上げられ、その身も骨と皮だけの細い体。
ぶかぶかの白い部屋着から除く腕は更に白く、その両手首には細いストローのような管が腕輪の如く幾重にも巻かれており、少年はその腕をたった今置かれた木の皿へとゆっくり伸ばす。
顔と同じく青白い手の甲や腕や、ベッドすらなく毛布と思わしき布が床に置かれているだけの簡素すぎる室内とは不似合いに
主食やスープどころかフォークも見当たらないが、少年はさも当然のように、手掴みでゆっくりと時間を掛け口へと入れて咀嚼を繰り返す。食べ終わるまでのその間、皿を見ることもなく視線はただ
◇ ◇ ◇ ◇
ガンッ!!!!
ガッシャーーーーーーンンッッッ!!!!
遠くの方から、けたたましく鳴り響く金属音が聞こえてきた。実験器具か何かが床に落ちたのだろう。
扉越しでも十分に聞こえてきた騒々しい音に、手を止めた男二人が顔を上げると、三時間以上は無言だった口を開いて喋り始めた。
「何だ?折角集中していたのに完全に削がれたな」
「夜遅くに入荷した新商品じゃないか?ちょうど薬が切れて目が覚めたんだろう。遅くても二、三日中には出荷されるだろうし時期静かになるって」
「まあ、そうだけど…、どうする?休憩がてら今の内に飯でも済ますか?」
「だな、一度生成作業に入ったら食事どころじゃなくなる」
『違いねえ』と言って愉快そうに笑う体格の良い長身の男と、神経質そうな
向かい合わせで日常的な会話をする二人の間には、会話とは不釣り合いである手術や実験にでも使われそうな寝台と、台の上には目蓋を閉じ横たわった少年の姿があった。
力もなく投げられた手足首からは、ストローよりも細い管がツゥーっとながく延び、その先は分厚いガラスの
よく見ると、服から覗く少年首元にも何やら薄く太いベルトが死なない程度にキツく巻かれ、その黒いベルトから何本か出ている線の繋がっている
扉の閉まる音の後に二人の話し声や、足音が遠ざかっていくのが耳に届いたのか、
「…………」
しかし、その助けを求めるような悲痛さを伴う叫び声も、少し前に側で展開されていた男達の軽口も、少年にとって差はなく等しい物なのか特段何も感じさせないままの瞳は、やがて訪れた睡魔にフッと自然に閉じられ深い眠りへと落ちていく。
そう、これが少年にとっての日常であり、変化も浮き沈みもない当たり前のものなのだろう。
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