28 目に映る内談という名の右往左往①
何年、何十年…そう生まれてから三百年近くも精霊王様の周りで、漂うように心地よく過ごしてきた。
時々【人間】という他に住む一族が、
人間の居住区に流れる、あの
『それでも精霊に祈る祭りの間は、普段より随分澄んでいる方だ。平時ならお前達は私の周りから離れるなど出来ないからね』
そう、精霊祭以外の日に僕達生まれたての妖精が一人で、あのような人間の多く集まる場所に居れば、大した時間を待たずに消えて無くなってしまう。
………でも、何故かここは少し様子が違った。
あの日は、珍しく精霊祭の期間を人間の住む場所で過ごそうかと思い、王様や他の妖精達と一緒に森を出たはいいが、それぞれが思い思いの場所へと散り散りになる中、残された僕は地面から遥かに離れた空の上で、降り立つ土地を決めかね昇りかけの太陽を見ながら
その後ろで同じように漂っていた仲間四人は、何を企んでいるのか分からないが、どうやら僕に付いて回ろうとしているようで付かず離れずの距離を保ち楽しそうに遊んでいる。
どれくらいそうしていたのか、目を閉じ風に流されるままでいると、遠くの方から流れてくる清々しい気配に興味が湧きゆっくり目を開く。
同じように感じとったらしい四人と目を合わせた僕達は、そこを精霊祭の間の遊び場にしようと決め一目散に【そこ】を目指した。
引き寄せられるように着いた先では、僕達より少し長く生きていそうな大木が五人を迎えるように佇んでいたが、その樹齢と反して大木から発せられる力は活き活きとして若く、とても不思議に思う程の力だった。
その大木から発する心地好い【何か】は、種類は違うものの精霊の森のように気持ち良く、普段同様に枝の上で横になって過ごす者、腰掛ける者……と、それぞれが思い思いにリラックスしていたと思う。
いつも精霊の森と人間の世界では、まるで異なって感じる違和感も忘れて過ごしていると、いつの間にか太陽の陽はしっかりと差し始めており、遠くに見える建物から数人の人間が出て、徐々に近付いてくる気配を感じた僕達は一ヵ所に集まり警戒した。
妖精と相性の良くない人間が近くに居たり、人間の作る合わない物によっては妖精が弱ってしまう事もあるため、五人は遠くから歩いてくる人間を注意深く
《あの三人危険な匂いはしないね》
《わからないよ!人間は急に匂いが変わるって聞いたことあるもん》
《それは妖精も同じだわ》
《…この小さいのって、こんなに走って転んだりしないの?人間族って飛べないんでしょ?》
《………》
目の前の人間達に不安要素が見当たらないとあってか、始めは警戒から口を閉じていたお喋り好きな仲間達が、楽しそうに会話を始めた側で、僕は大木を目掛け走ってくる子供から…正しくはその清々しく感じる何かから、固定されたかのように目が離せなくなっていた。
あの精霊祭の日から今日までの、精霊や妖精からすれば瞬き程度しかない僅かな時間に起きた出来事は、僕が生まれてから今までで、もっとも濃く大きく心動かされるものであり、今目の前でなされている『話し合い』という大きな人間達の混乱も、経験した事の無い一つに入るだのろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「……察中にあった事の報告にあれはなかったよね?流石にあれを忘れるのは、皆のうっかりにも程があると思うよ?」
「ごめんなさい。でも、あなたが見たものと私が見たものでは意味合いや規模が違いすぎるわ」
「いやはや、あれは見事でしたなぁ!」
「みごと?エドガー!私のおいのり『みごと』で上手く出来ていた?」
「それはもう、大変お上手でしたよ。この長く生きているエドガーも見た事がない程で、お見事ですお嬢様」
「やったー!」
「はぁぁ…エドガー……、ここは感心するところじゃないんだよ」
十分と少し前、当主執務室にある自身の机で主のクラウスが戻って来るのを待ちながら仕事をしていた執事のレナードは、裏庭に面する一階バルコニーの窓をノックする音で書類から顔を上げた。
バルコニーからは裏庭に降りられる三、四段程度の階段はあれど、そのガラスの扉は施錠され基本締め切り扱いであり、外と内を隔てるこれが扉だった事さえ、日々ここで過ごしているレナードも忘れ掛けていた程だったのに、窓を焦り顔でノックしているのはレナード以上に扉の存在を忘れていそうなクラウスだった。
そして、クラウスの後ろには不可解ながらも、大量の赤い果実を乗せた平ザルを手にしたエドガー、その脇には特に感情を表に出すことなく立っている王子の姿がガラス越しに確認できた。
アデリナが見当たらないのに気付き目線を動かすと、死角であったクラウスの左腕に荷物のように抱えられ、戦々恐々とした顔のアデリナの姿が目に入り思考が止まる。
(なんだこれは?)
レナードがガラスの向こうを見ての感想はこれしかなかったが、それも一瞬の事で即座にガラス扉の鍵を解錠し外へと開いた。
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