23 5歳秋、ルラント家当主の祈り①



 春先から始まった【植物型の水晶騒動】と精霊祭の【水晶と妖精再来騒動】から数ヶ月が経ち、いつもと変わらぬ穏やかなルラント子爵邸。


 日の当たる場所で動き回るには、まだ多少の暑さを感じる日もある昼時とは違い、心地良さと肌寒さの間といった表現がピッタリはまる、冷たい空気が漂う早朝の当主夫妻の私室バルコニー。


 「まだかなぁ?明日には咲いてくれるかな?」


 今日も今日とて早くから起きて、あの誕生日の午前に土を入れ種を蒔いた乳白色の陶器に似合いの、立派な蕾をつけたガーベラ達へと水をやりながら、隣りで見守るアンナに問い掛けるアデリナ。

 初めての発芽から合わせて四つの芽が次々と出ては、アデリナの日々の世話や声掛けへと呼応する様に、庭で見たガーベラと同じように、すくすくと大きく育った花々が行儀良く並んでいる。

 通常と違う事といえば同じガーベラの花よりも一回り大きな花弁と太い茎、あとは見た目が全て水晶だという事くらいか。


 初めてこのガーベラが発芽し、当主家族専用区域である二階のファミリーフロアへの立ち入りを禁止したあの一日。邸宅内で働く多くの使用人達には【ファミリーフロアの警備用魔導具の老朽化に伴い不具合が出る前に新たな魔導具の取り替えを行う】という名目で立ち入り制限の上、少数の側近と共に夫妻の手で同日に出来うる限りの様々な施しと対策を異例のスピードで行った。


 子爵家敷地内で働く皆は、朝一番の突然の知らせで一日の勤務スケジュールが変更したものも多くいたのにも関わらず『全使用人に警備関連の取り替え作業を事前に知らせるなんて、警備が手薄になると知らせているようなもの』と当然の事と思ってくれたらしく、後日の説明をどうしようものかと考えていた手間が省けたのは嬉しい誤算だった。


 この夫妻共用の部屋に面しているバルコニーには、あの日から極秘で何度か警備体制を見直した結果、今までに使用した事のない程の強力な魔導具によって外部からの認識阻害と話し声や音の遮断、そして当主家族三人と側近四人以外の立ち入りの制限を施してある。

 王宮の警備でもここまでの物はないだろう。ただ、王宮に関しては【警備にあたる兵の圧倒的な数や華美な出で立ち】という権威を示す役割もあり、そこまでの魔導具を用いる必要性がないとも思えるので現在の子爵邸は稀な警備体制といえる。


 魔導具そのものも大変高く、貴族でもおいそれとは揃えられない植え、継続して使用続ける動力は更に高価だ。故に、ただの辺境の貴族でいたい子爵家は外部から見て【厳重に何かを守っている】と悟られず知られずを心掛け、今までのように水面下で魔導具を集め警備するのが得策だろう。


 不可解だったこの水晶植物(今も不可解なのは変わらないが)の検証も、沢山の鉢植えを持ち込み家族三人で地道に行ってきた。

 その結果解った事は【アデリナ自身が種を蒔き自ら水やりをすると、蒔いた種の植物が水晶となって成長する】事で、他の者が種を蒔き育てた苗木をアデリナが植えても、通常の植物として大きくなるだけだった。

 アデリナの手で種蒔きし水晶としての芽吹きを迎えた植物も、成長途中でアデリナ自身が水やり止めたり、両親が代わりに水をやっても枯れはしないが、水晶はそれ以上の成長をみせる事はなかった。

 また水やりの中断も十日程度なら再度水を与えれば成長しだすが、それ以上に中断が長らく続けば後にどれだけアデリナが水を与えても、成長再開の兆しは見られない事も知れた。

 現在必要だと思える、それらが判明したので約二ヶ月に渡り家族で行ってきた検証は終了し今に至る。


 夫妻としては水晶の繁殖などという、娘に危険しか呼び寄せ無さそうな事をさせるつもりも更々なかった。

 調べてこそいないが、これは恐らく魔導具の動力にもなり他にも多様な使い方が期待されている魔石や魔法石と呼ばれる物の一種であろう。流通している石はあめのように透度も低く、色も薄っすらと白味がかり、白翡翠に酷似している物が圧倒的に多いので観賞用になってもおかしくない美しさだ。

 対してアデリナの育てる水晶は、澄んだ水が凍ったかのように透き通り一点の曇りもない、まさしく水晶のようである。他に類を見ない能力…言葉は悪いが、それにたかって来るだろう者からアデリナ自身を守る為にも【水晶の発芽条件】を把握しておく必要があると考えた。

 ある程度の欲しい情報が手に入ったと思われたので、秋口を迎えた今アデリナによる新たな種まきは行われていない。


 結果として、現在このバルコニーに水晶の育つ鉢植えは、全ての発端となったガーベラのみになっている。他に幾つかあった水晶へと成長した数本の植物は、根ごと収穫されて木箱に眠っており、検証の過程で通常の植物として成長していたの鉢植え達も、後々どのような突然変異があるか分からない事から、バルコニーで芽が出て育った植物は引き続き夫妻のバルコニーを定位置としたまま、彩りを添えることになった。


 「そうね、明日にはどれが咲いても良いくらい立派な蕾だわ」

 「咲いたら、お父さまにも早く見てもらいたいな…」

 「お父様が出立してから、天気も良いし予定より早く帰って来れるかもしれないわ。一緒に待ちましょう」


 クラウスは自領の全ての農地に祈りを捧げるという、貴族家の当主としても貴族以外でも他では聞くことのない、この地特有の年二回ある特別視察を行うべくしばらく子爵邸を留守にしている。


 春からアデリナが育て、収穫した植物の数が増えすぎていた検証をしていた期間は、バルコニーの木箱に隠すように入れていた水晶の数は多く……いや正直多すぎた。

 魔導具で保護されているとはいえ、当時は一日や二日という僅かな日数でさえ邸から離れることにも不安を感じていたクラウスだったが、昨年と同じく精霊祭に再来したアデリナの不思議な友人達が、一瞬で木箱をすっからかんにしてくれてからは、かなり肩の荷が下りたらしく、仕事もはかどり今回の家族としばしの別れにも寂しそうではあるものの、出立当日は以前ほどの気掛かりもない晴れ晴れとした表情で農地視察へと向かった。


 今では朝のアデリナの定位置となった、バルコニーの白い丸テーブル。そこに両肘を置いてふたつのふっくらした頬に手のひらを当て頬杖をつく体勢で、目の前に置かれた開く気配のない蕾だけが並ぶガーベラを、食い入るようにじっーと見つめていたアデリナ。

 鉢植えを見ている事に飽きたのか、ふと何かを思い出した様子で上半身を斜め右に腰掛けている母アンナの方に向け顔を上げる。


 「ねえ、お母さま」

 「なあに?」

 「お父さまは領地を見てまわっているんだよね?」

 「そうよ、今回は中心から離れた国境付近の農地を巡られているわ。特別視察はそれはそれは丁寧に行われるから、とても時間が掛かるの」

 「うん!私知ってるよ。ロベルトがお勉強の時に教えてくれたから。みんなが幸せかなーとか、困ったことがないか、危ない場所がないか見に行ったり聞いたりするのが【しさつ】だって。【とくべつ】がつくのは畑とか作物を植える場所に元気になってもらう事だよね」

 「あら、もう特別視察の事を細かく教えてもらったの?」

 「この間の学習時間が終わった時に『お誕生日前にも【とくべつしさつ】でお留守にしてたのに、またお父さまがずっとお留守なのはイヤだな』って言ったらロベルトが教えてくれたの。それでね、お父さまが行かないと困る人達が沢山いるんだって言ってた。あと【とくべつしさつ】がないと、美味しいお野菜や果物が採れなくなるかもって言っていたから、私おりこうさんにして、お父さまを待つって決めたの」

 「そう…寂しい?」

 「うーん、さみしいけど…でもね、お母さまもベルタもメルもいるし、邸宅にはもっといっぱい居るから大丈夫!それに私たちに会えないお父さまの方がずっとさみしいでしょう?かわいそうだもん」


 最後クラウスへの気遣いの言葉を、大層残念な顔で言うのと握りしめたこぶしで力説している姿が、コミカルで可愛らしく映りアンナはクスクスと笑いながら座ったままでアデリナを抱き締めた。


 「確かにそうね、愛する私達に会えないお父様はきっと今ごろ寂しがっているかもしれないわね。ふふっ」

 「でしょう?あ、それでね、お母さま!『りょうしゅさまのいのり』ってなぁに?それがあるから【とくべつしさつ】は時間がかかるって話していたの」

 「アデリナあなた、そんな事にまで関心があるの?」

 「うん、りょうしゅさまはお父さまの事だってわかるけど……お祈りしたら帰ってくるのが遅くなるのはどうして?」


 湧いた疑問と探求心か何かの綯い交ぜになった瞳が、大きく開かれキラキラとアンナを見上げる。


 (お人形遊びも、ままごとにも程々の関心しか見せないのに、土いじりや大人の話している領地の事には食い込んでくるのよね。この子……)


 困ったやら、次期当主候補として頼もしいと思うには早すぎる…等という感情を一旦胸にしまい、軽い説明だけして正確な理解は成長に伴い追々出来れば良いか、と簡単に話す事にした。


 「私も結婚前に、二度同行した事があるだけだから、実際の深い事までは分からないのよ。今お話出来るのは簡単なものになるし、詳しい事はお父さまがご帰宅してから聞くのはどう?それでも良いかしら?」


 アンナの提案に納得しコクンと頷くと、嬉しそうに次の言葉を促す。


 「お母さま早くお話して!」

 「はいはい」


 この何気ない会話が、再び予期せぬ出来事に繋がるとは知らず、アンナはおとぎ話でも読み聞かせるような軽さで、話し始めるのであった。



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