22 5歳精霊祭初日②
《おーじ遊びにいこーよー》
《大きい人間族は妖精とはあそばないよ?》
《お話なんてタイクツだわ》
アデリナの背後ではブーブーと、二人で徒党を組むようにジタバタとしたり、はたまた
自由な五人の妖精の中でも一番自己主張も負けん気も強そうな黄色髪の妖精は、今回は珍しくその抗議らしきものに加わることは無く、腰掛けているアンナとティーカップ中間のテーブルの縁に、ちょこんと腰掛けてアンナを見上げていた。
(ずっとお母さまの事を見ているけど、黄色いのはお母さまの事が好きなのかな?私とおんなじなのかな?)
視界の端に映る様子から、そんな考えが浮かび何だか嬉しくなっるアデリナへと催促するような声色が届く。
《ほらアデリナ、みんなが飽きてしまう前に話を》
「あ!う、うん!」
他の妖精達と同じく、意識が遊びに向きかけているアデリナにやんわり軌道修正するようなおーじ。
《聞いているから、話していいよって伝えて》
「聞いているから話してだって、おーじが」
おーじの言葉に慌てて頷き父クラウスの方に顔を向け伝えると、言葉を受けたクラウスも笑顔で同じ様に頷き、話し始める。
「では、初めまして……になるのかな?一応。アデリナの父クラウスだ。宜しくおーじ…くん?どう呼べば良いのかろうか?」
何もない空間に話しかけるという人生初めての事に、困ったような笑みを浮かべたが『言葉でのコミュニケーションを直接図るのは難しいよな』と思い直し椅子から立ち上がると、要点と用件を見てもらい説明を省く為、アデリナが時折視線を向ける空間に居るであろう客人に向け佇まいを正す。
「早速なんだけど、これを見てもらいたい」
背筋を伸ばし、普段客人に対応するのと変わらない貴族然とした洗練された動作で、その洗練さとは対極に位置しているくらいに粗野な作りでデン!と置かれた物の前に移動した。
アデリナ程度の大きさなら、すっぽりと入ってしまいそうな鋼と木で作られた箱へとおーじを誘うクラウス。
帰宅してすぐ詳細を報告されてから、着替えの際に胸へと潜ませていた普段は金庫に保管してある特別な鍵を取り出し、木箱の鍵穴に差し込む。
自身の魔力を僅かに流しながら鍵を回すと、カチリと解錠された音が聞こえる。鋼の枠と木で作られている箱は、物語に出てきそうな宝箱から華美さを削り落とし、質素にしたような工具道具入れといった見た目で高価な魔導具には見えないだろう。
クラウスは木箱のカーブ掛かった蓋の端に両手を添え、グッと力を入れながら持ち上げると、中身をおーじに見せるように振り返った。
言葉が無いながらも促された形でクラウスに続いて、優雅にツイーッ…と木箱の真上に移動したおーじが中を覗く。
《これは……気配はあったけど、思ったよりも凄い数だね…》
目にした物への素直な感嘆による溜め息と共に、囁くような言葉が出た。移動したおーじを追いかけるため、アデリナも椅子から飛び降りぴょこぴょこと走ると、父の側で会話の伝達を続ける。
「《思ったよりすごい数だね》って」
「そうなんだ。アデリナの身を守るためにも、発芽条件なんかを知りたくて様々な成育法をしばらく続けたら、たった数ヵ月でこの有り様で……。迂闊に処分することも出来ず、実際困っているんだ」
《アデリナ、君は幸せなんだね》
クラウスの話したいという内容を読み取って、おーじはアデリナの周りを嬉しそうに一回り飛び、再び木箱の真上に戻った。
「《アデリナは幸せなんだね》だって!」
アデリナの周りを周回するおーじを、自身もクルクルと体を回転させながら視線で追いかけるように一回転した後、よく分からないといった顔で通訳をするアデリナに、朝食から集まってきた本来は休みだった側近達からは『ふふっ』と笑いが起きた。
休むよう今年も口酸っぱく夫妻に言われていたものの『執務はなくとも今年の精霊祭は何が起こるか分かりません!休暇中も邸宅内で過ごします!』と頑なに意見を曲げなかった側近集団は、朝食時間にアンナによって呼び出され、軽い説明を受けながら『やはり残っていて良かった』と胸を撫で下ろした。
因みにクラウスの側近レナードはクラウスに付き精霊祭の広場に行っており午前は不在だった為、帰宅した玄関先でクラウスと共に有り得ない報告を聞きながら二人で『またか…』と目を閉じた。
《…アデリナそれは伝えなくてもいいんだよ。僕たちと話したい事って、これの処理なのか聞いて》
「もう!私わからないもん!……おーじが…《これの処理してほしいの?》だって!」
内容の理解できない二人のやり取りに、些かムッとしながらも律儀に通訳だけは続けるようだ。
「そう!そうなんだ。朝に他の水晶を持って行ったと聞いてね。興味があるのは野菜限定なのかな?ここに保管されているのは野菜より、草花の方が多くてね…あ!あと持って行った物は人間の目に触れないのだろうか?」
ここ最近一番の悩みどころだった故に、聞きたい事が大きな身振り手振りに合わせ、矢継ぎ早に口から出でしまい先程までの優雅さが鳴りを潜め始めたクラウスの姿に、アデリナと重なる何かを覚えたおーじは口元が緩む。
《アデリナ伝えて。この箱の中身、全部持っていけるって》
「《この箱の中身全部持っていける》だって」
《それから、人間達には絶対見つからないから安心するように言って》
「《人間たちには見つからない安心して》」
「そ…うか」
クラウスはアデリナの言葉に安堵を含ませた返事をするが、その目の前では善は急げとばかりに、クラウスが胸を撫で下ろすのと同時に他の妖精達へ向け《みんな聞いたね?持って行って》と告げたおーじの言葉に、木箱の2/3ほど入っていた大小様々な形の植物型の水晶がふわりと持ち上がり、妖精達と共に次々姿を消していった。
「あーっ!またみんな居なくなっちゃた!お父さま!お父さまのせいで、みんな行っちゃったぁ!」
せっかく集まったお友達の妖精が、ひとり…またひとりと消えていくのを指差し、眉をハの字にしたアデリナが父に非難の言葉を投げかける。
「あー…ごめんアデリナ」
《僕が居るじゃないか。不満なの?みんなが戻るまで僕が遊んであげるよ?二人で遊ぼう》
「二人で?………ホント!?」
子供の世話をしてやろうとばかりに、気位高めの笑顔で品良く提案したおーじの言葉に、アデリナはほんの少し何やら考え、ハッと妙案でも浮かんだように目を開きニッコリと笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、また動いた!おーじ動きすぎ!そういうの『おちつきがない』っていうんだよ」
《僕は動いていないし落ち着きにも自信がある。大体アデリナが描くのが遅いんだよ。僕ならもっと素早く描けると思うな》
「ひどーい!おーじきらい。もう、かっこよく描いてあげないから!」
《アデリナだって手を上げろだの、足上げろだの髪の毛揺らすなとか変なことばかり言ってるじゃないか。僕だってアデリナの事…きらい……じゃないけど、きらいだ!》
昼下がりのバルコニーのテーブルでは小さな主張がぶつかり合っていた。その声はバルコニーへの扉は開いたまま室内で寛いでいたアンナまで届くほどに騒がしい。
「アデリナ、大きな声出してどうしたの?奥の部屋まで聞こえてきたわよ。お絵描きしているんじゃなかったの?」
「だ、だって、おーじが!《アデリナが無理なこと言うから!》意地悪なんだもん」
アンナには娘の声しか聞こえないが、それで何かを言っても公平ではないのは分かりきっていたので、困惑めいた苦笑いと溜め息が出てしまう。
「私に二人それぞれの話を聞かせてくれるかしら?」
ちょうど子供達への菓子や飲み物等を準備してベランダに戻ってきたメルにアンナ自身のお茶も頼むと、アデリナの隣の椅子に腰掛け娘とその目線の先に微笑みかけた。
「なるほど…それは難しい問題だわ。まずアデリナはおーじさんの事を素敵に描いてあげたくて、色々なポージングをしてもらいたかったのね」
それぞれの主張を聞き終え、お茶を飲みながら少し考え込んだ後に出た母の言葉にアデリナが頷き、たどたどしく答える。
「…だって、みんなはおーじ見えないんだもん。いつもみたいに思い出しながら描いたのじゃなく、ちゃんと見ながら描いた絵でお母さまたちにも、キラキラなおーじを知ってもらいたいたかったの。でも上手く描けなくて……」
囁くように『そう…』と優しく返事を返しながら、無理を言ってしまった自覚はあったせいで、しょんぼりと気持ちの萎んでしまったアデリナの前に置いてあるスケッチブックを手に取り、まじまじと見つめる。
そこに描かれた銀髪の人物で、今この場に居るであろうモデルへと届くように静かな語り口で話を振った。
「おーじさんは…とても美しい銀の髪をしているのね。アデリナの日記の装丁と似て素敵な色だわ。今までもアデリナが描いてはくれていたけれど、いつか実際にこの目で見てみたいわ」
そう言いながらおーじから見えるだろう位置に、絵を傾け素直な感想を伝える。微笑みかけるアンナの手元に引き寄せられるようツィーッと近付いたおーじは、テーブルの上に着地し棒立ちのまま、食い入るようジッと無言で絵を見つめる。
【…アデリナありがとう。僕、この絵とても好きだ。気に入った】
長い時間スケッチブックへと固定されていた視線が
「あの、あのね!私もっともっとうまく描けるようにいっぱいお絵描きがんば……《うぇーーい王さまにいっぱいほめられたぁーーー!!!》」
《おーじぃー!しばらく妖精の風のお役目しなくていいってさ!】
《あと十年は精霊の祭の間のお役目しないで好きにしていいってー》
《やったーーーー!自由だ!》
話し半ばのアデリナとおーじのちょうど真ん中、先程水晶と共に姿を消した妖精達が、自由すぎる発言とタイミングで次々と舞い戻ってきた。
思いがけない登場の仕方に一瞬面食らったアデリナもおーじも、思わず顔を見合わせ笑いだす。先程までの気の立っていた様子が無くなった娘の表情を受け、大人達もほんの少し目尻を下げてから久し振りの再会の時間を邪魔せぬよう、再び扉を開けたままにしている室内へと戻ることにした。
アデリナと小さな友人達は、二時間あまりの時間をバルコニーで絵本を読んだり絵を描いたりといった交流で過ごした。
一年待ち焦がれた身からすれば決して長くはない時間だったが、同じようにバルコニーで過ごす事になった二日間も、これといった問題もないまま流れ、別れの際には昨年より確かな再会の約束をしたことで一度目の半端な別れと違い、名残惜しそうではあったものの満足げな顔で別れの挨拶を交わすことが出来た。
戻ってきた妖精達の言葉から、再会の確約がとれたのは持ち帰った水晶を気に入った【おーさま】と呼ばれる者の機嫌によるものらしいとアデリナは感じた。『王様なのかな?』とも思ったが、遊び疲れた三日目の終わりには完全に頭から消えていた。
何はともあれ、今年も精霊祭最終日の祭り会場に向かう親子の心持ちも昨年とは違い、心からの晴れやかなものになった。
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