20 5歳の誕生日後(初めての芽吹き)②


 娘の頑張りを褒める気満々でいたクラウスとアンナだったが、アデリナの自室から続くバルコニーに着いた二人は、ガーベラが植えられている器(元は見覚えのある果物を盛る陶器製のザルだった)を前に、言葉を失い呆然と立ち尽くした。


 器にはたっぷりの健康そうな土の中央に、やっと昇り始めた朝日を浴び、キラキラ輝く【植物の新芽の形をしたガラス細工のようなもの】がちょこんと顔を出しており、その大きさはアデリナの爪程の大きさにも満たない。


 「あ、そうだ!お水あげてない」


 当たり前のように、そう言って植木鉢の前に置きっぱなしになっていたジョウロをアデリナが『よいしょ』と持ち上げ、透明に透ける植物(?)へとたっぷり水をやり終えると、まるで喜んでいるかのように植物は太陽の光を反射させてより一層輝いた。


 「アデリナ…これは……この植物?は今日芽が出たんだね?」

 「うん!今!」

 「メルにもエドガーにも見せていないのよね?」

 「うん、まだ!」


 アデリナのいつもの日常通りな動作や言葉に、呆気に取られていたクラウスはハッと我に返り思う。


 ((ああ…またか))


 クラウスとアンナの脳裏には以前、頭を抱えたあの日記帳が同時に浮かんだ。その通常なら不必要である経験値の助けもあり、瞬時にこの先に己がしなければならない行動を考え、今把握すべき事をアデリナに尋ねた。


 (今回も朝早くで良かった。これは日記以上に人の目に触れて良いものではない)



 ◇ ◇ ◇ ◇



 その後の、当主夫妻の指示と行動は素早かった。【新型の警備用魔導具がたまたま手に入った為ファミリーフロアの魔導具の大掛かりな取り替えを行う】という適当な理由をつけ、丸一日を最側近の執事二人、アンナの専属侍女ベルタとアデリナ専属侍女メル以外の立ち入りを禁じ、件の植木鉢をアデリナのバルコニーから夫妻の私室側のバルコニーへと移したが、今まで通り鉢植えはアデリナの物なので、しばらくの間の水やりや世話は、朝食前に両親の部屋まで来て父母どちらかと行う事とした。


 ただ五歳のアデリナに、この行動のどこまでを説明して理解してもらうか【この鉢植えについて両親と側近達以外に口外しない】という、見ようによっては嘘になり得る事実を、以前と違い今や邸宅内や庭を闊歩し多くの使用人達と交流している幼い我が子に、どうやって罪悪感を抱かさないよう伝えるか悩んだ…。

 大体アデリナに内緒話など到底無理なことはわかりきっている。


 またまた朝も明けきらぬ早い時間にアデリナのバルコニー集められたレナード、ロベルト、ベルタと今回からはメルも加わった六人で話し合い考えた末、理解できる範囲での事実と様々な事柄を混ぜ話す事となったーー。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 「悪い人?」

 「そう、アデリナの育てている植物は特別な物で、珍しい物が大好きな悪い人や泥棒が噂を聞きつけたら、この邸宅に来てしまうかもしれないんだ。どうだい?アデリナもこんな植物は見たこと無いだろう?」

 「うん…ない…。悪い人、ドロボーさん?アデリナのお花好きかもしれないんだ」

 「そうかもしれない。それでこの秘密を皆に教えてしまうと、どこにあるのか聞くために拐われる可能性があるんだよ」

 「さっ!拐われるの?お屋敷のみんなが?」

 「そうだね」

 「どうして?お花をお世話している私じゃないの?」


 今にも泣きそうに不安顔で父を見つめるアデリナ。


 「それはね、アデリナには守ってくれる護衛騎士もいるし、基本的に魔導具で守られた敷地内や、夜から朝の限られた時間は家族以外入れない二階のフロアにいるからね、私達は使用人の皆より安全なんだよ」

 「お父さまとお母さまは拐われない?」

 「そうだね」

 「じゃあ、みんなもお屋敷の中にいたら大丈夫かな?」


 アデリナの言葉にふっと思わず笑みをこぼしたアンナが答える。


 「ここに居る側近の四人は基本的に安全な邸宅内に住んでいるけど、他の使用人は離れの使用人棟に住む者もいるし通いの者もいるのよ。家に帰れないと家族やお友達に会えなくなるでしょう?それに閉じ籠っていては、お仕事もお出掛けも出来なくって困ってしまうわ」

 「そっか…そうだね…私もお父さまとお母さまに每日会いたい。会えないのいやだな…」

 「そうね、だからアデリナがみんなを守る人になるのよ」

 「みんなを守る人?」

 「アデリナの植物を守りながら、みんなの事も守る人よ」

 「そうだ、この事を今ここに居る私達だけの秘密にする事で、みんなを守ろうと思うんだ。出来るかな?」

 「私がみんなをまもる…」


 アデリナは両親と、その周りに控えている四人の顔を交互に見た後、使命を帯びたような顔でコクンと力強く頷いた。それからふと何かを思い出したようにハッとして、クラウスの袖を掴み尋ねる。


 「内緒なら日記帳にも書いちゃダメなの?」


 そういえば…とクラウスも思い出し、アデリナを抱き上げて微笑みかけながら答えた。


 「日記帳にはいくらでも書いて良いんだよ。この植物のことも、それ以外もアデリナの思うままを書き記しなさい。幸せなこと大変なこと、文字や絵に記していけば困ったことや悩みも、答えが見つけやすくなるだろうからね」

 「うん!よくわからないけど…書いて良いならよかった!」


 安心した様子で笑みを浮かべて返事をするアデリナに、早朝から発生した、またしても初めての問題に張り詰めていた大人達の空気も、清々しく緩められていった。

 端から見れば理解し難い件も、こう毎回起きてしまうと不可思議な出来事にも慣れた感も否めないが、順調と言えば順調なアデリナによる芽吹きの日であった。


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