19 5歳の誕生日後(初めての芽吹き)
アデリナ五歳の誕生日から十日後ーーー。
窓の外からは微かに夜明け特有の気配が漂い始めたアデリナの寝室では、この部屋の小さな主が目覚めと共に勢い良くパチンッ!と目を開きガバッ!と飛び起きてベッドから抜け出すと、絨毯へ飛び降り一目散に、続き間である隣自室のバルコニーを目指し走る。
外開きで縦に結構な長さのあるガラス扉のひとつをそっと開くと、扉脇に常備されている大きな木の桶には就寝前にメルが用意してくれた水が
この場所での水やりも十日を越えるともなると、手慣れた様子でブリキのジョウロをガッシリと持ち、差程深くもない木の桶にブクブクとゆっくり沈めた後から水を汲み上げた。
重くなったジョウロを両手でしっかり平行に抱え、土を運ぶ以外の種植え作業を一人で行った器の前に向かう。
誕生日の午前に蒔いた種は、昨日の時点ではまだ芽が出ていなかった。庭師長のエドガーが言うには、種植えから七日ないし十日も経てば芽吹くだろうとのことで、アデリナは誕生日の日から指折り今日までを数えた。
当初予想していた七日や十日は過ぎ今朝で十一日目。昨日の朝は芽が出なかった事にガッカリしたので『明日こそ!』昨夜はそんな祈るような気持ちで、いつもより早めにベッドに入った。
結局寝付いたのは普段と変わらぬ時間ではあったが、逸る思いのせいか今日は屋敷内の誰よりも早く起き、こうして朝日が僅に顔を…いや頭のてっぺん辺りを出したばかりであろう自室バルコニーで、お目当ての植木鉢もどきと向かい合っている。
「ガーベラさん、ごはんの時間ですよぉ」
いつもの様に両手でやや重量のあるジョウロを抱えて、声を掛けながら多少ヨタヨタふらつきながらも、ゆっくり植木鉢に近づくとーー…。
「!?ん……ぇ!…めっ……芽だ!…芽が…でた…の?かな?」
茶色一面の中に、昨日は見当たらなかった【小さな何か】を見つけ喜びかけた…が、しかしアデリナの目に映った【それ】は、エドガーが以前見せてくれた若い黄緑色とは全く違う別物で、それでも形だけは新芽に違いなく……。
これは喜んで良いのか何なのか?もちろん悲しむ事でないのはわかるが…と頭の中がハテナでいっぱいになった。
しかし今起きている者など、アデリナにとっては本邸から遥かに遠く感じる正門前や、深夜も屋敷の外周を警備しているという騎士くらいだろうという事は、容易に理解できる程にバルコニーから見上げる空は薄暗い。
つまりすぐに疑問をぶつける事も出来ないのだ。それでも芽吹きの報告や共有がしたいウズウズと、疑問をもてあましているウズウズが
◇ ◇ ◇ ◇
「……お父さま……お母さまぁ……?」
家族三人だけのフロアであるこの階の廊下に出て、ふたつ先の部屋の扉を押しながら呼び掛ける声は、先程の勢いに反して知らず知らずの内に、囁く様に小さくなっていく。
重い扉を体全体を使って、背中でグイグイと押し開けながら徐々に『起こしても良いのかな?朝ごはんの時に話せば良かったかな?』と少しだけ冷静になってきたからこその、自信の無さが露呈する囁き声なのかもしれない。
「お母さま……アデリナ…なの」
入ってきた時よりはやや、大きな声を発してみる。それから何度か呼び掛けながらも恐る恐るといった足取りで、母お気に入りのソファーの脇を通り寝室の扉前を目指していると、突き当たりにある扉がゆっくりと開いた。
「……?アデリナ!?一体こんな時間にどうしたんだい?」
父クラウスは扉を開けながら驚いたように問い、父の姿を目にし安心した顔で走り近付いてきたアデリナを抱き上げた。
「まあ!アデリナなの?どうしたの?怖い夢でも見たの?」
アンナもクラウスの影から顔を出す。どう見ても寝起きの両親だが、叱ることなく心配そうな表情を見せる二人に、起こしてしまった申し訳なさを感じ父と母の顔を交互に見つめ、どう話そうかと思わず口籠ってしまった。
「…怖い夢、は見てないよ。あの……あの、ね…」
「うん」
「私、種植えたの…お部屋のバルコニーで…お誕生日の日に」
初めて耳にする報告と、娘の話し始めた取り留めのない言葉の意図が読めず、クラウスとアンナは一瞬目を合わせ再び続くアデリアの言葉を待った。
「それでね…」
ーーとゆっくり話し始めた内容を聞いていくと、先日の誕生日の朝に前もって選んだ器へ土入れと種植えを全て一人で行って、昨日まで水やり等も全てを両親に知られないよう自ら済ませていたらしい。
そして、最初の芽が出たら一番にクラウスとアンナに見せて驚かそうと密かに計画していたらしい。
そして今朝、待ちに待った芽吹きを迎えたようだが、何故かアデリナの様子は嬉しさと共に、眉間にしわを寄せ『うーん…』と唸るスッキリとしないものに見える。
「つまり私達に見せたくてお部屋まで来てくれたのよね?」
アンナが聞いてもハッキリとした返答とはならなく。
「う、うん?ちゃんとエドガーと一緒にガーベラの種採ったの…でも、もしかしたら種を間違えちゃったのかな…」
アデリナは父クラウスの腕の中で、少し気不味そうに俯き加減で告げた。
「そう……ねえアデリナが頑張ってお世話しているお花、私達も気になるわ。今から見に行ってもいいかしら?」
何かの手違いで違う植物の種を植えてしまい、戸惑っているのかもしれない。これは実際の現物を見て、頑張りを褒めたり話をする方がアデリナ自身も納得するだろうと考えたアンナが、明るい声色で提案する。
「あのね!まだっ!……まだ今は、お花じゃなくて赤ちゃんだけど、見ていいよ!」
アンナの言葉にパッと表情を明るく変化させ、頷いたアデリナを抱き上げたままで、三人は娘の部屋のバルコニーへと移動することにした。
しかしクラウスとアンナは、先程まで想像していた【植物】とは大きく異なり過ぎていた物体を目の当たりにして、呆然とするのだったーー。
「「植物の形の……水…晶?」」
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