10 4歳精霊祭初日から最終日 (当主夫妻視点)
精霊祭三日目…つまり休みも最終日を迎えた子爵家裏庭ーーー
昨日今日は、精霊祭初日にアデリナが遊んだ大木のある裏庭中程の離れた場所ではなく、本邸直ぐ側の範囲で遊ぶよう両親に言われたアデリナは当初『大きい木から遠い』と難色を示したものの不服そうに頬を膨らませたまま、いざ食事後に本邸周囲から二段三段下りると不意に立ち止まり、晴れた空を見上げたかと思えば次第に笑顔を見せ、その後はすんなりと言いつけを守りだした。
本邸廊下のガラス戸から一番近い距離にある
雲ひとつない青空の下、遠くまで続く庭には護衛さえいない家族三人のみ。
「きゃはははは…」
離れた距離からも届く娘の子供らしい笑い声に、夫妻は嬉しい気持ちは当然あるものの、それと同じくらいの困惑なのか混乱なのか説明しがたい気持ちが沸き上がり表情となって滲み出ていた。
一昨日の談話室での『お友だち出来た』発言後アデリナが散々事細かに話尽くし、そろそろ部屋に戻ろうとソファーから腰を上げた時点で、アデリナは急にハッと何かを思い出した表情を浮かべた。
すると直後から頭を抱えたり狼狽した様子をみせ、有り得ない程のぎこちない挙動で先程までの自身で語った話をなかったことにしようと画策してシドロモドロに言葉を紡ぎ始めた。
初めて見る娘のコミカルな動きに、夫妻は思わず出そうになった笑いを隠しつつ訊ねると、どうやら庭での【お友達】との出来事は口外してはいけなかった秘密事だったようで、今にも泣きそうに眉を八の字に下げ『お話ししちゃった…』と肩を落とすアデリナを何とかクラウスとアンナの二人がかりで
笑顔で納得した娘に胸を撫で下ろし、まるで一仕事終えたような気分でアデリナを連れ談話室を後にした夫妻は、これで夢物語かお伽噺の世界は穏やかな笑い話として終了した事と思っていた。
しかし、あれは只の始まりだったのか翌早朝にまだ寝ている両親の部屋まで訪れ、自宅の庭に親と行くくらいの事を必死の形相で懇願する様は実に不思議で、半信半疑のままである談話室での話を思い浮かべ、自分達の目でアデリナに起こっている【現実と事実】を見てから判断しようとの考えから庭で過ごす事を受け入れ今に至った。
あとは浮かび上がった懸念を払拭したいのも、実際に庭へと足を運んだ理由でもある。精霊祭の期間のルラント家の警戒は守る範囲を限界まで絞り、強度を最高レベルまで引き上げている為、犯罪に巻き込まれる確率はゼロに近いが、外部からの新手の魔道具の可能性も過った事で、今現在クラウスとアンナは庭で過ごしているのだが……。
精霊祭二日目の昨日は、ここ最近の忙しさで暫く足を向ける機会のなかった厨房へ料理長の顔を見がてら親子三人で向かい、軽い談笑の後にクラウスが料理長から直接、昼食の入ったバスケットを受けとると、それを手に半地下の造りになっている厨房の勝手口から外へ出るために、五段程度の石段を上り鋼と木で作られた扉を押し開く。草は刈られ清潔には保たれているものの、そこにあるのは食材を運び入れる広めのスペースや井戸等のある飾り気のない裏口。
本邸を沿うように、少しだけ歩いた先に見えてきた昼食予定場所の
その後の昼食は、普段は慌ただしく済ませていたりクラウスに至っては昼食自体を抜く事も少なくないのもあり、ゆったりと話をしたり紅茶を飲みながら食事を進めるクラウスとアンナだった。
それとは対照的に、軽食とはいえ平時より遥かに素早く食事を終え手持ち無沙汰に腰掛けるアデリナは、短い足をプラプラ揺らして庭をチラチラ見ている。
「一人で下りたいのなら噴水周辺までってお約束は覚えている?』
母の言葉に不服そうではあったが、コクンと頷くと『行ってくる!』と言って椅子から勢い良く飛び下りると庭へと歩きだした。
そこからは、説明のしようのない事が幾度となく起こるのを見たり、体感したりを繰り返すことになった。
まずは昨日アデリナが庭へと下りる階段の途中から急に駆け下り出したのを、カップ片手に夫妻が不思議に思いそれを見ていると、アデリナを取り巻くように不自然な風が吹いたかと思えば、突如として噴水表面の
瞬く間の出来事に二人して椅子から腰を浮かせたが、その直後アデリナとひと悶着あったのち様々なやり取りを経て、四阿から出ずに走り回る娘から一瞬たりとも視線を外すことなく精霊祭二日目の三時間余りという短くない時間は体感にして、あっという間に過ぎていった。
その後自室で過ごす中でも、アデリナのひとりだけの遊びとは到底思えない庭での不思議な光景が頭から離れず、不快ではない違和感だけを覚えたまま三日目も夫妻は同じ時刻に同じ場所で昼食兼お茶の時間を過ごしていたーーー。
「クラウス、私達の娘に一体何が起こっているのかしら?」
「聡明な君に分からない事を私が答えられると思うのかい?」
「ふふっ、それもそうね」
「だろう?アデリナは楽しそうだし私達の目に見えている分には、小さな我が子が魔導具で守られた安全な庭を元気に走り回っているに過ぎない」
「そうね、そうとしか見えないわね。私達には……」
クラウスは頷くと椅子の背もたれに背を預ける。
「使用人達が居ない時期で良かったわ」
「皆が居ない精霊祭の時期だからこその状況かもしれないけどね」
夫妻は昨日、同じ空間で娘の様子を目の当たりにしてから、この光景を多くの目に晒すのは貴族令嬢としてもアデリナという一人の人間としても危険だと感じていた。
それなりの距離があるとはいえ実際に目視できる場から目にすると、アデリナの移動する周りに連動するように柔らかいそよ風や強い突風が巻き起こる。それも自然には起こり得ないだろうアデリナの周囲のみでの出来事で、初めて見た時には危険かと思い夫妻は考えるより先にアデリナの元へ思わず駆け出した程だ。
しかしアデリナ自身に『もう!お父さまとお母さまは向こうでしょ!ここに来ちゃダメ!』と言われ、何だかんだ親子の攻防があったものの、見守る内に身の危険が無いことも分かり今現在の摩訶不思議な時間を過ごしている。
それらを踏まえ、これは新手の魔導具でもなく幼い子供の可愛らしい幻想遊びや妄想とも違うことを実感した。信頼している子爵家に仕える使用人達だが、そこは警戒しておきたい。
北側の多くの貴族から見れば田舎の緩やかな子爵家ではあるが、貴族とは良くも悪くも噂で生活や人生が左右されかねないのだ。
善意からの良い評判も悪意のある醜聞にひっくり返されるのは瞬く間である。遠くに見える娘を眺めつつ、お茶を口にしながらアンナが呟く。
「あの子、祭りに行く体力残っているかしら?」
「…そろそろ連れてこよう」
昨日と同じように終了の時間を告げるためクラウスが立ち上がり、娘の名を呼びながら石段を降りて迎えに行く。
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