11 4歳精霊祭2日と最終日(アデリナ視点③)
精霊祭二日目の裏庭ーーー。
「……よう…せい?」
《そう妖精、知ってる?》
「知ってる!絵本で読んでもらったことあるよ」
《えほん…?》
「絵がかいてある子供の読むご本よ」
《ふーん…》
自分達を妖精と名乗る薄いシルバーブルーとでも言えば良いのか、青みがかった銀色の髪を持つ少年は【絵本】という初めて聞く言葉に対して興味もないようで、アデリナの方を向いたままの体勢で後方へ音もなくスーッと移動する。
「でも、あなたたち絵本にかかれている妖精さんとはぜんぜん違う」
《僕たちのこと見えない人間が、どうやって絵になんか描けるんだい?》
「だ、だって教会やお城にいる…えらい人?…は精霊さまに愛されているって絵本にもかかれていたし…」
《ふっ…変なの》
美しい銀髪の妖精は
精霊祭二日目は裏庭の邸宅寄りにある噴水周辺で、出来たばかりの小さな友達との時間を過ごしている。昨日は初めての状況に興奮して会話を交わすより小さな未知の生き物との交流が楽しく、駆けずり回り終えた短い時間だった。
しかし今日は昨日より少し余裕のある気持ちと、少し離れた場所で両親が見守っている事で、庭への滞在時間が普段より長く取れるだろうという余裕から話したいことが湯水の如く湧く。
幼い子供というものは大抵、名前や所属を聞きあうより一緒に駆けずり回る感覚優先な者が多いのは人間も妖精も変わらないのかもしれない。
一時間弱という結構な時間を暴れまわって一息ついた先程、はたと気付いたアデリナ『そういえば、みんなに見えないらしいこの生き物は何だろう?』という当然至極の疑問を投げかけたが、返ってきた答えが本に描かれていたのとは大分違う見た目の名称を告げられ、新たな疑問が生まれ更に頭を悩ます結果になったのだ。
アデリナはよく本を読む(正しくは読んでもらう)が、それらのお陰で得た妖精や精霊の知識では、妖精というものは小さなガラスのように透けている鳥や動物の形で、人の姿形なうえ言葉を話すなど本には欠片も描かれていなかった。
《そんな事よりアデリナ!かくれんぼの次は何する?》
思い悩む時間が勿体無いとでも言うように自称妖精の小さな友人達が楽しげに次々と急かしてくる。
「お、おにごっこー!」
《えー!さっき負けたじゃない。うふふ私達また勝っちゃうわよ》
「さっきのはズルいもん!アデリナ飛べないもん。ここ!ここより上に飛んじゃだめ!」
周囲のほとんどが大人しかいないのもあり、最近は母の真似で背伸びして『私』と言っている一人称も忘れ、子供らしく主張するアデリナ。髪色のそれぞれ異なる五人の妖精達はアデリナの申し立てを受けたのか、空中で素早く輪になり短く審議する。
因みに銀髪の少年は他の妖精達から【おーじ】と呼ばれているのだが、昨日両親にも話したとおりアデリナの『王子様なの?』の問には当人以外の四人が声を揃え《オージサマ?何それ?おーじはおーじだよ》と言われたため、これも詳しいことは分からなかった。
他の妖精は色で呼ぶのに、なぜ銀色の彼だけは【おーじ】なのだろう。ともあれ、話し合いの結論が出たようで輪になっていた妖精達がバラバラに散りながらアデリナを見る。
《わかったね?みんなアデリナの胸の高さより上に飛ばない事。あと範囲もあの花壇からあの花壇までとする。あと噴水の上は避けるように》
晴れ渡る空に銀髪の少年妖精おーじの《始め!》の声が心地良く響いたーー。
◇ ◇ ◇ ◇
そして精霊祭も三日目最終日の午後を迎えた。
昨日と同じように両親の見守る庭で三時間近くを休むことなく、感情や体力も全てを出し切るかのように一頻り駆け回っていたアデリナの肩に一人の妖精がちょこんと乗る。
《アデリナ大きい人間がくるよ。アデリナの名前呼んでる》
言われて振り返ると、父のクラウスが大きな声でアデリナの名を呼びながら両手を振っているのが遠くの方で見える。
四阿の前にある数段の石段を下りきった場所で固定されたかのように立ち止まり、まったくこちらに来る気配がないのは【見えない何か】への配慮だろうか。
妖精達との庭遊び二日目だった昨日、噴水の前で対面してすぐ両親にみんなの事を話してしまった事を詫びた時、妖精達は大人二人のいる方向を見てからアデリナの周りに幾つかの突風を吹かせ、噴水の水を荒く
実際は遊びを始める前に、不自然すぎる現象を目にして心配で石段を駆け下りてきた両親を
「お父さまが呼んでる!今日はお母さまと三人でお祭りに行くんだよ!初めての外出なの。あ、朝に騎士団の団長も一緒に行くことになったってお父さまが言っていたから四人で行くの。それで、やたい?とか色々なものを見て回った後に、お父さまが精霊祭の終わりの儀式をするんだって」
とても嬉しそうに身振り手振りで友達に嬉しさを伝えるアデリナ。
《精霊へ祈る祭りは今日までだね》
銀色の髪を揺らしアデリナの前に出て来たおーじと呼ばれる少年。
「うん、精霊祭のお休みは今日までなの。今度はまた来年!お祭りで何かすてきなものを買ってもらったら明日持ってくるねっ」
《明日は無理だわ》
《そう、ムリムリ!》
《アタシたち今日までしかここに居ないもの》
《戻らないとねぇ~》
当たり前のように機嫌良く次の約束を結ぼうとするアデリナへ、妖精達が軽い調子で次々と否定の言葉をかけた。
思いもよらなかった答えが返ってきた事に驚き、唯一否定の言葉を発していない銀髪の少年へと顔を向けたアデリナは、昨日や一昨日と同じように発せられる『また明日会おう』という言葉を期待した。
《僕達は精霊王様と森に戻らないといけない。だから一緒に遊べるのは今日までなんだ》
欲しかった言葉ではなく寂しく悲しい事実を突きつけられ、アデリナの大きなスモーキークォーツのような瞳にみるみる涙が浮かび、音がしそうなほどポロポロと大きな粒が零れ落ちていく。
「…っな…なんで、そんなこと言う…の?アデリナ…あし…たも、みんなとあそびたい…っひっく……ぅ…」
妖精達が泣きじゃくるアデリナへと寄り添おうと近付きかけたその時……。
「アデリナ!」
突然泣き出した娘に驚いたクラウスが脱兎の勢いで走って来るのと同時に、妖精達は霧散するように跡形もなく姿を消した。
近くまで駆けつけたクラウスが泣きじゃくるアデリナを抱き上げる。側には夫の後を追うよう駆けてきたアンナも息を切らし、アデリナを不安げに見ながら怪我などないか触れ確かめた。
「っみんな……みんないなくなっちゃった……。帰るからもうあそべない…って…」
しゃくりあげながら、何度も同じ言葉を繰り返すその呟きで夫妻は何があったのかアデリナの悲しい胸の内を察し、同時に怪我や大事がない事に安堵もした。
クラウスは涙でアデリナの頬に張り付く髪の毛を指で耳に掛けて、なおも泣き続けるアデリナが少し落ち着くのを待つと、いつもよりゆっくりと静かな声を心掛け話しかける。
「アデリナ話した予定通りお祭りに行こうか。いつかまたお友達に会えるかもしれないし、その時にルラント領の精霊祭がどんなに楽しかったか、いっぱい話してあげられるように、お父様達と楽しくすごすのはどうだい?」
抱っこされたまま、ゆっくりと気遣わしげに語り掛ける父と同じく心配そうに見守る母をじっと見上げた後、しゃくりあげながらもコクン…と小さく頷く。
クラウスとアデリナにピッタリと寄り添うアンナが、ハンカチでアデリナの頬の涙を拭きながら微笑みかけ、それから三人は邸宅内へと向かい、もうすぐ夕方の近付く時刻で盛り上がりも最高潮であろう祭り会場へ行く準備を始めることにした。
初めての祭り、いつも遠くから見るだけだった門を実際にくぐった外の世界は本や絵画で見聞きするものより騒々しく、約束通り父の首に抱きついたまま、人波を縫うように祭りの中心である広場に進むにつれ、人々の活気や楽しそうな雰囲気に圧倒された。
しかし、そんな陽気な喧騒が先程まで胸につかえていた悲壮感を少しずつ薄れさせ、父クラウスの外での仕事である終わりの儀なるものを目にする頃には笑顔で母や後ろに立つ騎士団長とおしゃべりをするまでになっていた。
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