12 原因不明の病
精霊祭の最終日、ルラント子爵家の親子三人は精霊祭の終わりを告げる時計台の鐘が鳴るまでの数時間を存分に楽しんで過ごした。
それから数日後の子爵邸の深夜ーー
「どうなんだ?原因はまだ判明しないのか?」
アデリナの寝室では老齢の医師に向かい、いつもは冷静で穏やかなクラウスが悲痛さを伴う声色で詰め寄る姿があった。
十日前の精霊祭最終日、祭り会場である広場から少し離れた人の流れが
しかし帰宅時に微熱だった体温は高く上がり続け、一定の高い温度から下がる気配はなかった。意識もなく苦しそうなアデリナの姿にクラウスとアンナ、仕える者達は見守ることしか出来ない不甲斐なさに苛まれていた。
熱冷ましの薬も効かず、発熱以外にこれといった症状も見受けられずで、原因すら特定出来ない現状に日に日に空気の重くなる子爵邸内。
診察の為に呼ばれた医師の数も、最先端を学ぶ若手の医師や既に引退をしている若い医師の師である老齢の医師まで引っ張り出し、今では三人の医師が常駐する結果となった。
医師達は屋敷に泊まり込み、新旧様々な文献を揃え意見を交わしながら全力で対処しているが、改善の余地もなく今日も時計の針は深夜の十二時に差し掛かろうとしている。
「……今夜ももう遅い…皆こんな時間までありがとう。私達はアデリナの側についているから皆は各々部屋で休んでくれ」
アデリナの発熱直後から、執務によって離れなくてはならない時を除き、全ての時間を常に娘の側に寄り添い続けて数日。悲痛さと疲れを漂わせる夫妻の姿に返す言葉も見当たらず、医師も使用人達も頭を下げ部屋を後にした。
「クラウス…」
アンナが夫の手を取り、ベッド脇へと看病の為に置かれたカウチソファーへ引き寄せ休むよう促し、アンナ自身はアデリナの眠るベッドに腰掛けた。
夫妻の目線の先には原因の分からない熱に
◇ ◇ ◇ ◇
《…こ……は、済ま…かった。朝が来れば、娘の…良くなって……ろう…》
《…リナ…めん…ね…》
『…聞き覚えの無い声……これ…は、なん…だ?アデリナの名を…アデ…リナ…?……っ!』
ガバッ!!!
知らぬ間に寝ていたらしいクラウスが、夢現のまま勢いよく身を起こしアデリナのベッドへ視線を向けると、ベッドに腰掛けアデリナに寄り添った体勢のままで、夫同様うたた寝をしていたらしいアンナも、たった今目を覚ました様子でゆっくりとベッドに横たえていた上半身を起こすところだった。
「アンナ…アデリナの様子は?」
直ぐ様アンナの隣に移動しゆっくり腰を下ろすと、アデリナの額に手を当てるクラウス。アンナも同じように娘の首や頬にそっと触れる。
「……っ!クラウス!」
その手に伝わる優しい体温と、昨夜とは打って変わって穏やかな表情で規則正しい寝息をたてている娘の姿に、言葉も出ず涙するアンナをクラウスが抱きしめ心からの安堵感に胸をなでおろした。それと共に、クラウスの脳裏には先程の夢の情景と声が現実の出来事のように鮮明に過る。
「…夢の通り…だわ…」
「!!……ああ……うん、そう…そうだね…」
座ったまま抱きしめている妻の小さな呟きに一瞬目を見張ったが、やっと訪れた平和な時間を壊してしまいそうで、それ以上の言葉を発することなく、クラウスは目を閉じただ頷き肯定した。
アンナも夫の絞り出すような肯定の声と相槌に、何も言わず娘の健やかな寝顔と共に以前の平穏な日々が戻る気配に感謝するのみだった。
◇ ◇ ◇ ◇
一方の同じ頃のアデリナの夢ーー
ハァ…ハァ……ハァ…
くる…しい……
喉が焼け付くように渇く。苦しさから逃れたくて薄っすら開いた目も涙が滲みぼやけるばかりで、やがて疲れ閉じるーー。
「くるし…い…」
深夜の部屋に苦しげな呼吸に混じり、乾く口からは実際には声にもなっていない小さな言葉が零れる。
《アデリナ》
あの日【おーじ】と呼ばれていた妖精の声が聞こえる……。
夢だろうか…?
《こんな事になっていたなんて……王様がこれをくれたんだ。次に目覚めた時にはきっと良くなっているから…》
庭での自信に満ちたまっすぐな声とは違い、消え入るように囁くか細い声が聞こえると共に、何かが薄くぼんやりと光りだし、それが徐々に大きくなると高度も増しアデリナを覆い尽くす。
その感じたことのない程の眩しさに、ぎゅっと強く目を閉じると、一瞬前までアデリナを襲っていた苦しさも内から沸くような熱も瞬く間に消え去り、ひんやりと澄んだ心地良い空気がアデリナを包む。
しばらく閉じていた目をゆっくりと開くと、目の前にはアデリナよりほんの少しだけ背の高い【おーじ】が立っていて、向かい合う形でこちらを見つめ困ったように微笑んでいた。
《…もう苦しくない?》
「うん!もう平気!」
《今はここだけだけど、朝までに身体も治るはずだから》
「さっきまで、とてもとても苦しかったの……でも…助けにきてくれてありがとう!」
《いや、アデリナ違うんだ…。君の…君の身体が異変を起こしたのは僕達と長い時間遊んでいたせいなんだって王様が言っていた》
「?……みんなと遊ぶとお熱が出るの?」
おーじの気まずく言いにくそうな様子と言葉に、不思議そうに首を傾げる。
《遊ぶ…というか……僕達はあの時、無意識にアデリナに向かって【妖精の風】を当てていたみたいなんだ。王様に言われるまで気付かなくて…苦しませてごめん》
「妖精の風?」
《うん、僕らも王様にいっぱい叱られて……あ、そろそろ君の身体も目が覚めそうだね。僕も帰らなきゃ》
「…またお別れするの?」
もっと一緒にいれたらいいのにと、引き止めるように聞いてしまう。
《……そうだ、次の精霊の祭の日まで僕らのことを覚えていたら、また会えるかも》
「ほんと?!」
《うん、その日まで忘れない様に每日これに僕達との事、そしてアデリナの事、他にも色んな事でいっぱいにして満たす事が出来る?たくさん書き
そう言ってアデリナの手に自身の髪色とよく似た銀色と瞳の色の
そんな不思議な夢の切れ間と共に朝日が上り始めた頃、アデリナのまぶたが約十日振りにゆっくりと開かれた。
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