7 4歳精霊祭初日の午前散歩(アデリナ視点①)


 時間はほんの数時間前に戻り、アデリナから見える精霊祭の朝はこうだったーー。


 父クラウスは領主としての仕事がある為、アデリナの目覚めた時間には家を出ているが、昼食の時間には帰宅し久し振りに親子三人揃って食事が出来るそうだ。

 母アンナも午前中は雑務に追われていて、普段はアデリナに付きっきりの乳母のベルタやアンナ専属執事のロベルトも『隣国に留学している双子の息子達が帰省する精霊祭の休暇は夫婦揃って絶対にとるように!』と主であるアンナから口酸っぱく言われ、初めは抗っていた(特にベルタが)ものの結局はアンナの剣幕に根負けし、本日の朝アデリナが目覚めるのを見届けてから、領都にあるロベルトの実家へと帰省していった。


 両親が揃う昼食までの六時間は決して短くはない。今日から三日間は授業がなかったのと朝食も両親が居ない事で、自室で軽く済ませたこともあり、いつも以上に時間を持て余し普段より一時間以上早い時間から散歩を開始したアデリナ。

 メルから最終的な行き先は裏庭の大きな木だと説明を受け、部屋を出るまでは慣れた邸宅内を抜けたのち、木の下で軽く喉を潤し菓子をいくつか食べ終えて散策が終了するのは通常と変わらなく思えた…しかし裏庭へ出る為に一階へと降りたアデリナは普段とは違う静寂さに違和感を感じながらテクテクとマイペースに歩く。


 白を基調とした明るい内装の廊下の側面には縦に長い作りのガラス戸があり、華美にならない程度の金と銀の飾りが美しく施され、その縦長の天井近くまである扉が片側側面にいくつも並び、それと同じように長い廊下が遠くまで続く。

 庭に面した大きなそのガラス戸から差す太陽の光が、廊下一面に敷き詰められている白い壁と白い大理石の上に反射する。


 大理石の床の上には強度の弱さを補う意味合いもあって敷かれたであろう、薄めのターコイズブルーの細長いカーペットの上を小さな歩幅でちょこちょこ元気に歩くアデリナの姿は、廊下の成熟した優美さに反して幼く可愛らしい。


 「……みんないないね?」


 今日からの三日間は極僅かな使用人しかいない為、いつもなら仕事中の誰かしらと度々すれ違うのに、今日はその人数が極端に少なく閑散とした雰囲気に物悲しさを感じたのか、アデリナが自身のすぐ後ろを歩くメルと護衛の騎士に不思議そうに言う。


 「そうですね、今日からしばらくは休みの者が多いですから」

 「メルもお休みでなんでしょ?」

 「はい私も本日の昼から明後日までお休みを頂いております」

 「【がくいん】もないの?」

 「ええ学院もこの三日間は休みでございます」

 「そっか。お父さまとお母さまもお昼からお休みなんだって」

 「はい精霊祭の間、当主様と奥様はお嬢様とご一緒にお過ごしになられますね」

 「うん!」


 メルを見上げ嬉しそうに答えるアデリナ。森林や山も含むため国内で一番広大な領地を有する子爵家に舞い込む執務や案件は、経済や人間の関わるわかりやすい物の他に、崖崩れ等の自然災害や野生動物被害と国境付近に生息する少数の魔物の事など多岐にわたり膨大で、日々それらに追われるのアデリナの両親に丸一日を通しての完全な休日は年に一週間程度。

 出来る限り作っている親子の時間は貴族としては多い方かもしれないが、満足とは言えなく数日留守にすることも頻繁にある。

 そんな子爵夫妻とアデリナの家族だけの時間が三日間も持てる貴重な精霊祭の休み。

 アデリナもその事を昨日の夜にベルタから聞かされ、就寝時からワクワクと待ち遠しい気持ちで両親との時間を楽しみにして今に至る。


 「お庭ぁぁーー!!!」


 廊下にいくつも並ぶ庭に面したガラス製の扉のひとつをアデリナに促され護衛騎士が押すと、まだ開ききっていない扉の隙間から待ちきれないといった様子でアデリナが嬉しそうな声と共に駆け出し、貴族の庭らしい噴水などの設えられた庭園の更に向こう、はるか遠くに見える目当ての大木を目指すべく立ち止まる事ないまま走った。


 「わぁぁぁーーーーー……ぁ?……?」


 外の気持ち良く晴れた空の下、お気に入りの場所のひとつである大木を眺めながらおやつ時間を過ごせるとあって、テンション爆上がりなアデリナは大声を上げながら休むことなく全力で木の根元付近まで走ってきた。

 ……が、あと少しで到着するという位置でふと何かの存在に気付き、徐々にゆっくりとした足取りになるのに伴い、元気いっぱいだったその声は大木の手前で疑問系混じりの腑に落ちないものに変化していき、やがて尻すぼみの声になって消える。

 じーーーっと視線を固定し、数秒そのままポカンと口を閉じるのも忘れ大きな木を見上げたーー。


 「なぁ…に……?」


 まるで自分自身に問いかけるように小さく呟いた。


 「…なんだろう?」


 目を凝らし高く真上に茂る若葉をジッと見つめながら首を傾げ再び呟く。


 「…キラキラしてる。むし?…ひかる…虫……?」


 今度は木の上に向かい、最初は小さく聞き取れない程だった呟く声が好奇心から段々と大きな声になり、最後には問うようにハッキリとした声となり口からこぼれた。

 すると、アデリナの目に映っている大木のあちらこちらで【キラキラ発光する複数の何か】のひとつがアデリナ目掛け急降下する。


 ビュンーーッッ!!


 その【光る何か】は強い風になってアデリナの耳の真横を通り過ぎ、肩口まであるアデリナの髪をなびかせた。

 思いもよらなかった俊敏な動きと軌道に、びっくりして目を大きく開け固まったアデリナの背後では、夢中で駆けた末にあちこちに飛ばしたり落とした帽子や髪飾りを拾い集めるため、ほんの数十秒遅れてアデリナに追いついた侍女のメルと、護衛の騎士が敷物の準備に取り掛かっているが、アデリナ本人の耳には今しがた自身の横を通って行った何かを目で追う事に熱心になり何も届いてはいなかった。


 《この子、アタシ達を見てるんじゃない?》

 《え〜、そんなわけないよ!だったら僕たちのこと虫って言ったことになるよ?僕たち虫じゃないもん!》

 《じゃあ、今度はあんたが行きなさいよ》

 《え〜?》

 《あら、面白そうだし私が行くわ!》


 微かにそんな声が聞こえたかと思えば、続くように再びアデリア目掛け突風が吹きつける。それをぎゅっと目を閉じ正面から浴びると何だか心地良く感じた。


 「キラキラの虫、ひんやり気持ちいい」


 アデリナがぼそっと言った言葉に反応するように、再び幾つかの風が続いて吹き荒れるーー。

その突風に喜ぶ子供とは対照的に、風に翻弄され慌てふためくメルと騎士の様子が暫く繰り広げられられた。

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