4 4歳誕生日当日 招待客と幸せな1日
玄関前には、間もなく本日最初の馬車が到着するという連絡を受け、招待客を迎える為に子爵家の親子三人と側近等が並び待っていた。
眼下に遠く見える門を抜けて長い傾斜をゆっくり上り本邸馬車回しへと近付く馬車に、両親の前に立つアデリナは誰の目から見てもソワソワと浮き足立っており、目の前で停車した馬車の扉が開かれ中から大柄の精悍なイケオジが顔を出すと、居ても立っても居られないというように父母が制止をする前に駆け出して行ってしまった。
「お祖父さまっ!お祖母さまー!」
先に降りた祖父イニゴは、続いて下車する祖母グレイスの手をとりながら半身をグレイスへ向けたタイミングで、喜びの声を上げ走り寄るアデリナの呼び掛けに視線を落とし目尻を下げた。
「まあまあアデリナ、少し見ない間にこんなに大きくなって!」
「うん!今日から四歳のお姉さんなんだよ!」
ステップを降りきった祖母が自身目掛け駆けてくる孫をしゃがみ腕を広げ抱擁してから、その愛らしい顔をじっくり見つめて堪能していると、隣から圧を感じ見上げるグレイスの目線の先には、夫の今か今かと孫の抱擁の順番を待つような落ち付きない様子が映った為、苦笑いでその手にアデリナを託しながらゆっくりと裾を整え立ち上がった。
祖母とはいえど、現在四十を少し過ぎたばかりの先代当主であるグレイスの立ち姿は大層美しく、並ぶ祖父の逞しさや精悍さと相まって見惚れる程で、アデリナは二人が並んでいるのを見るのがとても好きだ。
そんなワイルドな外見の祖父が孫のアデリナを抱き締めデレているのを、挨拶のタイミングを完全に逃してしまい、母そっくりの苦笑いを浮かべた息子クラウスが溜め息を吐きながら妻アンナに目配せする。
「アデリナ、ご挨拶が済んでいないわ」
「あっ!」
母の言葉に、すっかり忘れていたといった様子で目を丸くし祖父の手からズルズルと降りたアデリナは、先程まで立っていた位置に慌てて戻ると、キチンと足を揃え畏まった声色と表情で祖父母を見上げた。
「イニゴお祖父様グレイスお祖母さま本日は、私アデリナ・ルラント四歳のお誕生日に来てくれてありがとうございまっす!!」
瞳を輝かせ大きな声で発した元気いっぱいの歓迎の言葉は、令嬢の挨拶というよりは何かしらの出し物の始まりを告げる口上のようにも聞こえるが、二人にとって初孫かつ唯一の孫であるアデリナのしっかりとした成長に、下がっている目尻を更に下げ褒め称える祖父母…特に祖父。
そんなニコニコと笑む両祖父母の表情や言葉を受け、満足気なアデリナの様子に辺りは平和な空気が漂い、その空気のままクラウスとアンナ両人の執事二人の手によって開かれた玄関扉へと三世代の家族が歩みを進めながら話を続ける。
「そうだ!あのね、お茶の時に食べるお菓子は私が選んだの!お祖母さまの好きな紅茶もレナードにお願いしたらいっぱい用意してくれたの」
「おお、隣国のあの茶葉か。旬の時期を迎えたばかりで国を跨ぐ流通にはまだ早いだろうが…そうかそうか!それは楽しみだ。レナードはちゃんと働いているようだなカーティス」
レナードと呼ばれたのは、現子爵家当主クラウスの専属執事であり、前当主夫妻の執事で今も子爵家全体を纏める家令を勤めるカーティスの息子の事である。
馬車の扉を閉じた後は、静かにその場に溶け込み控える男女二人の内、男性が家令カーティスで、もう一人女性の方は祖母が婚姻する前から側にいる侍女のミリー。
家令であるカーティスは、クラウスとアンナの両脇で共に歩くそれぞれの専属執事二人を表情の無いままチラリと一瞥してから視線と意識を自身の主であるイニゴとグレイスへと即座に戻した。
「うんそうだ、ひと安心だな。これで家令の引き継ぎも済めばお前も肩の荷が下りるだろう」
一言も発していない家令に言葉を返すイニゴと隣でふふっと軽く笑うグレイスの姿に、共に歩く大人一同は『今の無表情のどこから安心したという雰囲気を受け取ったんだ?」と疑問を浮かべながらも動かす足を止めることなく、顔には困惑をかくすように軽い笑みを張り付け移動を続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
馬車移動後ということもあり、個室で一時間ばかりの休息の時間を想定していたが『これしきで疲れるか』というイニゴとグレイスの言葉を受け、すぐに茶の場が調えられ久し振りの五人での茶会時間を過ごした。
その後、夕餐に合わせ到着した隣領の領主である母方の両祖父母と父クラウスの妹で隣国(とはいえ隣り合わせの領地)に嫁いでいる叔母、現在他家で婿修行中のクラウスの弟でアデリナにとっては叔父とその婚約者を玄関ホールで出迎えると、アデリナは自身の四歳を祝う宴への高揚感が否応なしに高まっていくのを感じ、普段より慌ただしい邸宅内がいつもと違って見えるのが不思議にも嬉しく映った。
子爵家大食堂
いつもは親子三人が揃って食事をとるのは比較的こじんまりとした小食堂であるが、アデリナの誕生祝いという特別な日の今日は、子爵家に昔から仕える使用人達も参加する祝いの場ということもあり、アデリナを祝う宴の会場には大食堂が解放された。
各々一時間から四時間程の距離に住んでいる父方母方の両祖父母や叔母夫婦、叔父とその婚約者等も駆けつけて普段とは違った賑やかで華やいだ明るい夕餐空間になっていた。
この国の貴族は基本的に五、六歳以降から本格的なマナーやその他の各家の方針に則った教育係が付けられ、それに伴い個人の祝い事等もそれなりに格式張ったものに移行していく。五、六歳以前の屋敷内での行事はそれぞれの家の当主の采配によって自由に行われているのが一般的だ。
ルラント子爵家では、六歳の誕生日までは普段子爵家に仕えている使用人達と身近な親族だけで祝うのが代々恒例になっているが、遠く離れた首都の貴族の家では、使用人と席を同じくする貴族令嬢の祝いの席など殆ど見られない光景だろう。あるとすれば貴族とは名ばかりの平民に近い暮らしをしている貴族以外では、この南部を除き皆無なのはルラント家の面々も使用人一同も当たり前の事として承知はしている。あくまでも『承知』はしているだけだが。
今日に合わせて届けられた夫妻の親しい友人や、療養の為に隣国帝都へ居を移したアデリナの曾祖父母からの贈り物、今回来てくれた両祖父母や叔父叔母達、そして使用人一同からの贈り物に歓喜し、いつもより特別な料理と豪勢なケーキを口いっぱいに頬張り絶えず笑顔が溢れた。
たくさんの祝いの言葉を浴びたアデリナは幸福感の中、久々に抱かれた二人の祖母の間で、いつの間にか小さな寝息をたてていた。
日も落ち灯りも少ない廊下には、酒の場が不馴れな若い騎士と子爵家騎士団長、同じく酒の匂いが得意ではないベテランメイドの先頭を、アデリナが起きてしまわぬように優しく抱き寝室へと向かうエマの姿があった。
本日の主役である幼い子供が幸せな夢を見始める頃、大食堂は大人達の酒宴の場になるのもこの家の恒例である。
普段は挨拶程度しか交わすことのない当主夫妻や婚姻や婚約によって他の領に住むその妹弟、前当主等と使用人が直接交流する事で報告書では分からない邸宅内の細やかな雰囲気や報告書を上げる程でもない些細な変化、領民や広すぎる領地の流行や今は大きくはない困り事を感じ取れるとの思いや、様々な利便性もあり代々この地に受け継がれている宴。
当主に該当する幼子が居ない場合は、この国の建国記念の前夜祭に使用人参加の宴が開かれるが、今はアデリナがいるのでそれと合わせ年に二度の宴が行われている。
宴会場がホール等ではなく大食堂なのは、貴族の客仕様で作られているホールや大広間では装飾が多く、開始前と終了後に手入れの手間が掛かりすぎる。それに使用人達が我を忘れるほど泥酔することはないとはいえ貴族用のホールでは、何かしらうっかり壊してしまうのではないかと落ち落ち酒など飲んでいられないという意見もあって、壺などの高価な物を他の部屋へ移動させ比較的安心感のある仕様に調えての結果がこの大食堂での祝いの空間であった。
因みに身分年齢問わない宴の翌日は、一部を除いた使用人や来賓も深酒のせいで午前中は役に立たないのも子爵家の例年の名物光景になっている。
酒を嗜まない下戸や飲酒年齢に達していない若者と子爵家騎士団の面々は適度な時間には切り上げ、離れにある寮や門の外の自宅に帰宅をして、酒好きの大人達の交流は美味しい酒や食事と共に楽しく語らい流れ幕を閉じた。
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