3 4歳誕生日当日 初めての散歩と自室


 「んふふふ…」


 三十分にも満たない散歩と呼ぶには短い時間を、時折足を止めながら邸宅外を添うようにゆっくりグルっと一周して自室に戻ったアデリナは、絨毯の上でお気に入りのクマのヌイグルミの両手を持ちくるくると踊るようにまわるアデリナ。

 回りに回ってぽすん!と柔らかい絨毯に仰向けに倒れると一瞬の間の後、ぎゅう〜〜〜っと力いっぱいクマを抱きしめ、更に嬉しそうにニマっと笑い勢い良く上半身を起こした。


 「お散歩したね!今日から一人で!」

 「ええ良かったです。お嬢様が頑張られたからですよ」


 母アンナの専属侍女で、アデリナの乳母も兼ねているベルタがアデリナの両わきに手を差し入れ、上へと引き上げてストンと絨毯の上に立ち上がらせながら話す。

 それに合わせるように、ベルタの側に控えていたまだ少女の年齢のメイドであるメルが膝立ちになりアデリナのスカートの裾の乱れを整え、終わると立ち上がり再び一歩引いて控える。そんな流れるような動きをする二人をじっと目つめてアデリナが口を開く。


 「お散歩楽しかったね!ベルタ、メル、いつもいっぱいご本読んでくれてありがとう。私もっともーーっとがんばるからね!」


 アデリナの世話をしているメイドは少なく、先代から在籍しているベテラン二人と見習いメイドという立場とはいえ、多くの者が幼少期から見知っているメルがその手伝いで時々呼ばれるだけであった。

 非正規雇用の見習い扱いではあるが料理長の孫という事で、幼い頃から子爵家の邸宅内に出入りしていたメルは、このひと月は古参メイドやベルタに呼ばれ、アデリナ周辺での仕事頻度が多くなってきたとは思っていたが、まさかメイド見習いで現在学院生でもある自分が一足飛びにアデリナの侍女として雇用されるとは先程の朝食の時間まで当人は想像すらしていなかった。

 そんな、まだ夢心地のメルと生まれてから常に側にいるベルタを見上げ、笑顔で今の気持ちを伝えると二人の目に涙が浮かぶ。


 「ベルタはお嬢様が、何事にも真摯に向き合っていらっしゃって、お優しく成長されるのを見守れることが何よりも嬉しく思います」


 瞳を潤ませながらも微笑んで対応する大人のベルタ。その隣で嬉しさの余りポロポロと涙を流し言葉も発せられないまま、感情を抑えるには未熟な少女のメルがベルタの言葉を肯定するように、コクコクと何度も首を縦に振る。

 朝食の時間から泣きすぎて涙腺が崩壊しているのか一度溢れだした涙はなかなか止まらず、 自身のポケットからハンカチを出しメルの手に握らせたベルタは、アデリナを抱き上げてソファまで連れて行くと、いつものように一緒に向き合って座り話す。


 「今夜はお嬢様のお誕生祝いのパーティーがありますので、その準備で屋敷内は慌ただしくなっていますから昼食はお部屋でとる予定です」

 「うん!きょうの晩ごはんはお屋敷のみんなやお祖父さま達と一緒に食べるから、それまでにお仕事をすませなきゃいけないんだって、さっきお父さまとお母さまが教えてくれたの」


 朝食の時に聞いたことを言うと、ベルタは褒めるように頭をなでて頷く。


 「昼食も今日は軽く済ませて、その後は大旦那様方のお迎えをして皆様とお茶をご一緒になる予定になっていますよ」

 「わかった!私お祖父さま達に会えるの楽しみ」


 両腕でクマを抱えたまま規則正しく並べられたクッションの列へと倒れ込むようにゴロンと横向きに沈み込んだアデリナ。その少し先には、清潔そうな制服の上に着用している真っ白いエプロンの前できちんと組まれているメルの両手があり、視界に入った手から目線を上げるとメルの明るいブラウンの瞳とぶつかった。


 「お絵描きをしますか?それとも絵本でもお読みになりますか?」


 さっきまで泣いていたメルが、今はニコニコと愛嬌よく提案する。


 「うーん。じゃあお絵かき!」

 「かしこまりました」


 要望を受けたメルはにっこり笑ってアデリナ愛用のお絵描きセットを取り出しソファー前のテーブルに並べ、それからお昼までの時間を絵を描きながら、両親どちらも伴わない初めての散歩の感想を度々口にしたり、少し休んだりしながらゆったりと過ごした。


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