第4章 運び屋ロブとダンジョン暴走

ダンジョン街フィファウデは、すり鉢状の中央に大穴があり、その底にダンジョンの入口とそれを管理する冒険者ギルドがある。


その大穴を囲うように3つの同心円状の壁があり、その間に街が形成されていた。


中央の大穴に近い方から第1層・第2層・第3層と呼ばれていて、現在は暴走スタンピードで魔物が溢れる危険がある第1層は退避勧告が出ており、普段は冒険者で賑わう店舗や宿は軒並み店を閉めている。


ヨンキーファの冒険者ギルドでウォルウォレンが未帰還である話を聞いた後、現地で情報を手に入れるべく格納門を北に飛ばしてフィファウデに潜り込み、第2層の酒場に入って飛び交う声を拾っていた。


しかし、分かった情報はヨンキーファで得られたものと大差ない。暴走スタンピード自体は4層で食い止めているが、13層より下からの帰還者は確認できていない、との話だ。


あとヨンキーファでウォルウォレンについて聞いた話によると、今回のダンジョンに入る際の申請では現在の到達階層である27層の突破を目標としていたらしい。


正規の手続きを踏まずにフィファウデに潜入している状態の現在では、履歴が残るような行動は出来ない。


その場で出来ることは無さそうだったため、翌朝に正規の入場をして出直すことにして、その日は格納門で拠点へと帰還した。


──翌朝、正規の手続きを経て街に入り、冒険者ギルドでまずは様子を窺うことにする。


外壁に沿った階段を降りたところで、中堅の冒険者パーティが痺れを切らして突入していった場面に出会でくわして、丁度知りたかったダンジョンへと入る通路を確認できた。


続いて、特に怪しまれることもなく25層までの地図を入手する。窓口で金さえ払えれば何も言われないらしい。


あとはダンジョンへの『潜入方法』さえ分かれば、安全地帯セーフエリアに食料を届けたり4層より上に退避させたりすることも可能ではある。


が、格納門の特性で『ダンジョンの内外で接続が出来ない』という問題が立ちはだかることになった。


格納門は、ダンジョンの外から中へ移動させることも、中から外に移動させることも出来ない。つまり、ダンジョンの境界だけは、生身で通る必要がある。


逆に一歩でも潜入出来れば、暴走スタンピードの階層をすっ飛ばして、取り残されている冒険者の救助も可能なのだけど。


形振なりふりかまわず行動して、冒険者ギルドのギルド員やギルマス、果ては貴族や国にスキルがバレてでも突入することも考えたが、知り合ったスケさんやリナ、クララ、あるいはギルマスとの関係を捨てて逃亡する羽目になる。


よくよく考えると、【空間収納】スキルの特性上、格納門転移で逃走するにはもってこいだし、ラビット氏の食料でいくらでも生き延びることは可能だしで、段々とアリかもしれないことには気付いてしまったが、一旦そちらは最終手段としておく。


本当は、スキルを使用するに当たって、過去の経験や事例から注意を促し導いてくれるような師匠枠の1人でもいればよかったが、現実は非情なものだ。


──人気ひとけの少ない壁際に移動して、気付かれにくい小さな格納門を起動して、こっそりダンジョンの入口の境界を探ることにした。


地図を読んでいる風を装いながら、小さいままの格納門を床や壁に這わせて移動していき、先ほど冒険者たちが突入していった改札のような入口を通って、通路を進む。


ゆるやかに右に曲がる通路を進むと、奥には階段があった。この階段、実はアジトダンジョンの階層を繋ぐ階段に酷似していることに気がつく。


ダンジョンが実は同じ部品の組み合わせで構成されているのでは、と仮説を立てつつ階段を進んでいくと、下の階に着く。


そこで、領主であるキファイブン子爵家の兵士と思しき金属鎧の男が、黒い靄からちょうど発生したネズミの魔物・・を倒す場面に遭遇する。


ダンジョンの外から中に格納門を移動させることは、出来ない。


そして、ダンジョンの外には魔物は発生しない。


それが意味するところは……現在いる冒険者ギルドという場所が、既に『ダンジョンの中』だということだ。


──下の層に移動していた格納門を一度閉じて、冒険者ギルドの中から上に向かって格納門を移動させていくと、ちょうど2階の床辺りに境界があることがわかった。


恐らく冒険者ギルドがあるこの場所は、アジトダンジョンの入口にあった安全地帯セーフエリアに当たる場所なのだろう。


予想外のダンジョン構造ではあったが、これでダンジョン内へ入る方法もわかったということで、条件は整った。


そのまま突入することも考えたが、客観的には不審な子供が冒険者ギルドにいる状況で、誰かに見られているような予感もあったので、一時撤退して適当な宿でも探すことにした。


──宿が取れたのは、それから4時間後だった。


冒険者たちの泊まる宿が多くあった第1層が退避勧告されていることにより第2層の宿が既に埋まっていることと、第3層は商人や貴族の集まる地域のため宿をいくつも門前払いされてしまった結果だ。


出会った老執事さんに受け付けしてもらえて、銀貨2枚と少し高めではあったものの、ようやく寝床を確保した。アリバイにもなるので、これは必要経費だろう。


買ってきた地図を広げて、最前線である4層までの経路と、安全地帯の位置を確認していく。


階層の階段から階段へ向かう最短経路から大きく外れた安全地帯は、暴走スタンピードにより破壊されず残る場合が多いらしい。


6層と9層の安全地帯がちょうど道を外れていて条件に合致していそうなため、冒険者ギルドに入ってから2つのいずれかに格納門を到達させ、転移してそこを拠点にしようと計画する。


──作戦の大筋が決まったところで、冒険者ギルドへと向かうことにした。


しかし、宿を取るのに冒険者ギルドを出る辺りまで【気配察知】に何かひっかかったのか、誰かに見られていた感覚があったので、身を隠した方がいいかもしれない。


せめて中に入ってトイレに到達するまで身を・・隠せたら・・・・……と考えたところで、そういえば身を・・隠す・・のに丁度いい装備品『バニッシュマント』をスケさんからもらっていたことを思い出した。


逃走用に良さそうだと貰っていたので、すっかり頭から抜けていた。


格納門経由で【視認阻害】の効果を確認すると、マントで隠れた部分が見えなくなるようだ。唯一、影が出来てしまうことが欠点かもしれない。


マントを頭まで被っても、中から格納門経由で視界は確保できるので、隠れて移動するには都合がいい。


早速、姿を隠したまま格納門で冒険者ギルドのある穴の2階まで移動し、そのまま1階に降りてトイレへと身を隠した。


──トイレの個室に入り、臭いを我慢しながら格納門を飛ばして、まずは4層を目指す。


レースゲームのように通路を辿っていき、しばらくして暴走スタンピードを堰き止めている4層の前線に到達した。


通路を塞ぐような安全地帯の結界を前に、領兵と冒険者たちが魔物と戦っている姿があった。


その上を通らせてもらい、地図に従って次は6層の経路外れにある安全地帯を目指すことにした。


到着した6層の安全地帯を覗くと中には誰もいなかったので、すぐにトイレから脱出する。


その移動の際に、いつも使っている格納門での転移との『違和感』を覚えた。いつものそれとは違ったのだ。


しかし、わざわざトイレに戻りたくはないし、先を急ぐ必要があるので、次の移動の際にでも確認することとして検討は保留とした。


暴走スタンピードの性質を観察しながら、地図を元に下の層を目指して格納門を飛ばしていく。やはり、最短経路を外れた辺りは影響が少ないらしい。


また、昨日の酒場で聞きかじった情報によると、暴走スタンピードは時間が経つと共食いといった形で上位種が発生するらしく、量が多いこととと併せて暴走スタンピードが収束させにくくなる要因だとのこと。


実際、暴走スタンピードの列の中に変異種なのか上位種なのか、色違いが混ざっているのが確認できる。


層を奥に進むに従って、ネズミや猪、狼やゴブリンなどの群れが列を成していて、10層辺りからはオークが増えてきているように見えた。


──10層までの洞窟型のダンジョンから、11層に入って平野型と言われる天井の無い層に変わる。


緊急時なので引き続き地図を見ながら先を急ぐが、ダンジョンを初見でもっと楽しみたかったとは思ってしまう。


10層までの洞窟型は経路に沿って移動するため速度を出せなかったが、平野型は上空から一直線に最速で終点を目指せるため、一気に移動が楽になった。


また、暴走スタンピードという特性から階段がある終着点で魔物が涌いて出ているため、目的地を探すために地図と照合する必要すら無い。


本来であれば、平野型は周囲に目印となる岩や木などが無い場所もあるため、難度が上がるという認識が一般的で、地図に加えて方位判定できる道具などを準備しておかないと、階層の入口を見失って遭難する場合もあるらしい。


──11層以降は広くなっていたにも関わらず2分ほどで次の階段を発見できるようになり、ダンジョンに入ってから2時間ほどで14層に到達していた。


この階層から先は冒険者が帰還していないとのことなので、安全地帯を見わりながら進んでいこうと思っている。


14層も平野型の階層だが、安全地帯は洞窟や穴、小屋といった形状で配置されていて、階段を繋ぐ経路にあった小屋などは結界機能が破損して、魔物が入り込んでいるようだった。


また、13層まではオークにゴブリンやコボルトが混ざっていたものが、14層は既にオークだらけとなっていた。


魔物を辿って次の階段を発見し、15層へ降りたところで、明らかに様子が変わったことに気がつく。


14層までは階段から階段へ帯のように群れていたのが、15層は一面にオークで溢れていたのだ。


全域を確認したわけではないが、千とか万とかの単位でいて、単純に倒すどころか移動すらも時間がかかりそうだ。


ここまでの経路とは違った様相に、ここが暴走スタンピードの震源地と見て間違いなさそうだった。


ボスがいるのか何なのか原因が探れるかと思い、高い位置から魔力感知で広域を探してみる。


すると、起伏が大きく木の生い茂った地形の中で、山の上の辺りに強い反応があることに気がついた。


山の上へと近付いてみると……そこにあったのは、球状の【結界】が張られた明らかに人工物と思しき魔道具だった。


その周りでは魔物が発生する黒いもやが頻発し、オークの発生が確認できた。


つまり、ここが発生源であり、この暴走スタンピードが人工で発生したものであることを意味していた。


──その魔道具へ近付いて観察すると、なんと【結界】の中に人が2人いることを発見する。


そして、格納門を近付けて話し声を聞いてみたところ、不穏な会話が聞こえてきた。


どうやら、【結界】の張られたこの魔道具は暴走スタンピードを発生させている罠らしく、奴隷である彼らが2週間に渡って魔石を供給し続け、その間に隣国ルーデミリュが戦争を仕掛けて攻め込んでくる計画らしい。


この罠によって、ダンジョンに高ランクの冒険者が閉じ込められた状態で地上では戦争を仕掛けられることになり、結果として地上は戦力を削られた上に暴走スタンピードとの挟み撃ちになる、という計略だったようだ。


暴走スタンピードを発生させるなんて、明らかな禁忌の魔道具を戦争のために敵国に使うという隣国のあまりの所業に、本気で腹が立ってしまった。


……正直なところ、【空間収納】というスキルはコスト度外視でなりふり構わなければ、相当なことが出来ることには薄々気がついていた。


何もしなければ戦争に巻き込まれかねない状況であり、売られた喧嘩を倍値で買わんとばかりに、暴走スタンピードを潰し、冒険者を帰還させ、身バレしてでも戦争を潰してやると決心する。


──まず、結界で油断していた2人の下に穴を掘って、地下に落とすことで結界の外に出し、眠らせて縛り上げた。


ダンジョンの土を削り取ったために、???岩と同様に大量のMPを消費してしまったが、こちらには温泉周辺で収穫し仕込み続けた自家製のMPポーションが大量にあるので、景気良く使っていく。


2人は逃がさないように木箱で覆ってから土で埋めてしまった。空気穴は作ったので死ぬことはないはずだ。後でギルドにでも突き出すことにしよう。


また、暴走スタンピード装置は結界を丸ごと【空間切削】で切り出したら回収することができた。


同時に魔物の発生する黒い靄が出なくなったので、原因を取り除いたと言ってよさそうだ。


──ここからはまず、16層以降の状況確認を進めていく。


魔物も殲滅が必要ではあるものの、発生源は取り除いたので時間が解決するだろう。


16層への階段付近にもオーク達が押し寄せていて、暴走スタンピード時は下の層にも流れていくことを示していた。


もちろん下の層はより強い魔物がいるので広がり続けることは考えにくいが、共食いでハイオークが増えたら状況は違ってくるだろう。


オークたちの上を通って階段を進むと、遠くで鳴る剣戟の音など次第に人の気配があることに気がつく。


階段を抜けた先にあった洞窟型の大部屋では20人ほどが戦っており、4層以降でようやく生きている冒険者たちを発見できた。


……しかし、残念ながらその中にはウォルウォレンの姿は見当たらないようだった。


しばらくして、冒険者たちは出入口を【土魔法】で封鎖した。こうやって長期戦を覚悟して休憩をとりながら戦ってきたようだ。


安全地帯へと戻る彼らについていくと、そこには50人ほどの冒険者たちがいた。


その中にもベルトたちはいなかったが、資材置き場で整理してる人に姿を隠したまま声をかけて聞いてみたところ、どうやら彼らは下の層の冒険者たちを呼びに行く担当となっているらしい。


情報のお礼に自家製ポーションを差し入れつつ、全く不明だった彼らの消息がようやくつかめたことに安堵する。


──早速彼らの後を追うことにして、16層前半の洞窟型を抜けて後半の平野型へと入っていく。


ここで、15層までにあった暴走スタンピードとは異なり、次の階層を示してくれていた魔物の帯がここから無いことに気がつく。


夜の森となっている16層で地図を頼りになんとか特徴ある地形から階段を発見するが、一気に難度が上がったことを感じた。


その後、同様に手元の地図を見ながら砂漠や山岳地帯といった階層を抜けて、ようやく20層まで到達した。


随分と長い距離を移動してきて、中継地としていた6層からでは問題が出る可能性を考えて、20層に入ってすぐの安全地帯へと移動することにした。


その時だ、トイレから6層に移動した際に覚えた『違和感』の正体に気がついた。


格納門を通る際に必ずあった、MPが抜ける感覚が無かったのだ。


その原因は分からないが、どうやらダンジョンでは格納門での移動にMPを殆ど消費しないらしい。


この現象は、いずれ暴走スタンピードの解消手段に使えそうな予感がありつつ、先を急ぐことにした。


21層の安全地帯に到達した辺りで、ベルトたちを追い越している可能性に気付き、そこからは念のため通過してそうな安全地帯に書き置きを残しながら進んでいく。


──23層の安全地帯に着き、とうとうウォルウォレンの4人を発見することができた。


当然ながら4人に驚かれ、どうやって来たのか問われるので、前に会った時はまだ確立していなかった【空間収納】による転移を見せつつ、今は急ぎの要件があるため話を先に進めることにした。


4人は15層より上の情報をやはり把握していなかったので、地上の状況や4層で食い止めていることなどの情報を共有する。


そして、暴走スタンピードとされている今回の件が、実際は魔道具による人為的な罠で、15層にあった装置による魔物発生状況とルーデミリュから来たと見られる実行犯2人の会話などを話した。


するとクロエの様子が一変して、その犯行にルーデミリュの貴族家・ベロ家の派閥が関わっていると話し出した。


彼女は元々ルーデミリュにある貴族家の出身で、10年ほど前に脅迫まがいの婚約話を他家から仕掛けられて、親がこちらの国トレフェンフィーファに逃してくれたんだそうな。


ベロ家というのは、征服策を掲げる貴族の派閥であり、また一方で闇組織や違法な魔道具の噂が絶えなかったらしい。


実際、派閥と対立する貴族家の領地で不可思議な暴走スタンピードが何件も発生していたらしく、しかし少なくとも当時は証拠を掴めなかったとか。


クロエがこちらの国に来たという10年前から実例があったとするなら、ルーデミリュ国内で同様の手法により対立派閥を潰し、勢力を拡大していることは想像に難くない。


──話を今回の暴走スタンピードに戻し、魔道具を稼働させた2週間の間にルーデミリュが攻め込んできて、地上では挟み撃ちとなる計画だったと考えると、攻め込まれるより前に冒険者たちを地上に戻せるかが問題になる。


しかし、オークの群れはブロンズCランクでも難しいとされており、仮にゴールドAランクの冒険者が呼び戻されたとしても、あの万単位でいる上に上位種も混じった状況を抜けられるかは疑問だった。


2週間という期間で16層から先の戦力を地上に戻すならば、正攻法でやろうとするのは無理がある。


そこで、取りうる正攻法でない方法の候補は2つあった。


案1は、冒険者たちを格納門経由で4層以下に避難させること。


案2は、15層のオークを間引きして通路を確保すること。


前者は幸いにも、先ほどダンジョン内では大きなMP消費なしで格納門経由の移動が出来ることが判明しているため、人数を運べるかについては解決している。


身バレについては、リナたちに向けて実績ある木枠の扉を使うことで魔道具と偽装し、使用後に壊してしまうことで誤魔化せばいいだろう。


しかし案1には、『避難後も深層に取り残された冒険者がいる』場合に、閉じ込められている状況は変わらないという問題があった。


ベルトによると、25層にはシルバーBランクゴールドAランクの冒険者らが40人ほどいるらしい。また、25層より深く潜っている冒険者がいる可能性もある。


そのため、結局は案2を進めた方が確実に道を開けることにはなる。


案2は、オークたちの方をどこかに流してしまうという作戦だ。ただし問題はその流し先で、どこに移すか現状でいい場所の案は無かった。


ベルトたちに聞いてみたものの、ちょうど閉じ込められそうな広い空間なんてのは無いし、溶岩のような極限地形というのも発見されていないようだ。


適当な深い層に流して魔物に倒させる方法も、共食いにより上位種に変異し災害級となる可能性もある。


ベルトたちに話を聞いて色々と検討はしてみたものの、ここは暴走スタンピード制圧の専門家・・・にお伺いを立てるしかないと判断した。


ベルトたちには予定通りこの先の25層に向かってもらうよう話して、こちらは助っ人を呼ぶためヨンキーファへと戻るべく、格納門を開いた。


──ここで、ひとつ問題が発生した。


颯爽と格納門でその場から立ち去るつもりで繋いだ先が、いつものアジト・・・ダン・・ジョン・・の入口であり、そして問題なく来れてしまっていた。


試しに、アジトダンジョンからフィファウデの冒険者ギルドに繋いでみると、装備を整えた冒険者たちが突入に向けて集まっている姿を確認できてしまう。


『別のダンジョンに繋げられる』という、この衝撃的な事実は、しかし、多くの懸案事項を解決してくれそうだった。


──拠点へ戻って暴走スタンピード処理の専門家スペシャリストであるスケさんに話すと、二つ返事で了承してくれた。


とはいえ、スケさんも冒険者登録したばかりのウッドFランだ。(ちなみに登録名は『サスケ』、職業は『剣士』である)


つまり、ロブと同様にまだダンジョンに入る権利は無いため、身バレは避ける必要がある。


その点で、偶然にも発見した『別のダンジョンに繋げられる』という現象は、実におあつらえ向きな挙動だった。


何せ、オークのいるフィファウデの15層からアジトダンジョンに格納門を繋げば、スケさんはアジトダンジョンにいるままオークを間引くことが可能になる。


間引くにあたって、スケさんから急ぐのであればということで提案があり、ゴブ師匠に加えて、20層のボスであるオークキングのブタさんを呼ぶことになった。


場所はゴブ師匠のいる10層を借りることになり、早速間引きを始めることにした。


──格納門をフィファウデの14層に繋がる階段に置いて、アジトダンジョンの10層へと流していくと、スケさんの刀で斬られ、ゴブ師匠のナイフで斬られ、ブタさんの棍棒で跳ね飛ばされ、次々に処理されていく。


倒された魔物は少しの間を置いて魔石を落とすことになったが、その少しの間にオークの巨体は邪魔になってしまうので、各々が壁際へと残骸を跳ね飛ばしていく。


ロブはといえば、主にフィファウデの様子を継続的に確認するのと、その跳ね飛ばされた壁際から魔石を拾う係だ。【通過対象指定】はいい仕事をしてくれている。


開始して早々にスケさんから『量が足りない』と注文が入ったので、残っていた成長ポイントを【格納門増加】に振ってLv.7にし、4組の接続ができるように拡張した。


そして、既に接続している14層への階段とは別に、16層に向かう階段にも格納門を接続して、計2つの格納門からオークを流すようにした。


片方はスケさんが、片方はゴブ師匠&ブタさんが余らせることなく倒していき、間引く速度は2倍になった。


──間引き開始から2時間。


15層の上空から状況を観察し、最初は一面にいたオークも、現在は残り1〜2割といったところまで減っている。


ここまで来るのに、各階段の周囲がが減ってきたら格納門砲ゲートキャノンで周囲の追い立てたりして、出てくる量を一定に調節してきた結果だろう。


流石にここまで減るとオークの流れる勢いも落ちてきたので、15層の2つはスケさんにまとめて、ゴブ師匠とブタさんには14層の間引きに入ってもらう。


そこから順次、各階層を交互に担当していき、8層が解消される辺りで間引き開始から4時間が経とうとしていた。


ベルトたちが25層から16層に戻るのに丁度4時間ぐらいかかると言っていたので、8層で間引き終了だとスケさん達に知らせた。


──フィファウデの16層を確認すると、25層から戻ってきたゴールドAランクたちが到着していて、オークたちを間引いていた冒険者たちから状況説明を受けているところだった。


【土魔法】で作った土壁を一度外して偵察に入る計画を立てていたようで、作戦を共有した後に一斉に突入していった。


流石はゴールドAランク、オークを物ともせずに切り開き、15層に到達したところで斥候たちが調査のため周りへと散っていった。


ベルトたちはと言えば、シルバーBランクとして第2陣に組み込まれているようで、階段下で待機していた。


現在の間引いた状況をメモに書いてこっそりとベルトの手に握らせ、ウォルウォレンに共有してもらう。


その辺りでちょうど先発隊からの連絡が入り、列が動き出した。行けると判断されたらしい。


そうして、ベルトたちを含む100人ほどの冒険者たちが上層へと帰途につけたようだ。


──その一方、8層までの暴走スタンピードの列も解消されたようだったので、格納門を閉じて3人に礼を言う。


ゴブ師匠とブタさんには、手伝ってくれたお礼としてラビット氏の菓子パンや惣菜パンを渡しておいた。


これで暴走スタンピードにはひと区切りついたので、ここからは戦争を潰しに行く算段を立てていく。


綺麗事を言うつもりはない。徹底的に首謀者たちを討ち取って、戦力を無効化し、その後を任せられる貴族へと引き渡す。


ルーデミリュ側の情報が足りてないので、その辺りの情報は地上に戻ったクロエにお願いしようと思う。


最後に、完全に忘れかけていたが、魔道具を仕掛けた実行犯2人をアジトダンジョンへと持ってきて、そのままフィファウデのギルマスのお部屋へとお届けすることにした。調査とか面倒なことはお任せしてしまおう。


そして、ウォルウォレンたちが地上へと戻ってきたところで、クロエから反侵略派の信用できる貴族家として父親を紹介してもらい、ルーデミリュへと向かった。


──詳細は省くが、結論だけ言うと、ルーデミリュの王宮がクレーターと化して、戦勝祈念パーティを開いていた首謀者たちは一掃された。


──そして、1カ月後。


ようやくルーデミリュから戻ってこれたので、リナとクララに連絡を入れた。


1時間も経たずに押しかけて来たリナとクララに、連絡をしなかったことや、何をしていたのかなど、あれこれと問い詰められた。


所詮は暗殺でしかないことをあれこれ言うのも憚られたので、『旅行に行って勇者様と正義の剣で悪を滅ぼしてきた』とだけ話しておいた。


なお、こちらの国トレフェンフィーファでも結構な動きがあったようで、リナのウェスヘイム男爵家と領主のキファイブン子爵家が共に陞爵しょうしゃくして、それぞれウェスヘイム子爵とキファイブン伯爵となったそうな。


さらに、ウェスヘイム子爵はキファイブン伯爵からヨンキーファを領地として譲り受けることになったとか。


勇者博物館の関連で、街の権限があった方が動きやすいだろうという配慮と、キファイブン伯爵がフィファウデの護りに集中できるようにという方針だと思われる。


その後、リナからはルーデミリュの情勢がこちらにどのように伝わっているかについて、ひと通り聞いた。


クロエの父親が上手いことやってくれたようで、軍部を掌握して進軍を阻止し、保守的な王族を立てて、こちらの国に国交回復を打診しているらしい。


あれこれと話して、リナの気が済んだところで今後の話へと移り、近々探索を再開する予定で問題ないことを確認して、2人は帰っていった。


──その日の昼過ぎ、ちょうどヨンキーファに来ていたウォルウォレンの皆を呼んで、話をすることになった。


クロエから父親を紹介してもらう際に、終わったらフィファウデの件も含めて説明する約束になっていたのだ。


まずはスケさんを紹介して、彼が復活した勇者様本人であることや、その出会いと復活の経緯などを話した。


しかし、ダンジョン発見やら勇者様やら女神像やらと、どれ1つとってもバレたらマズいやらかしに我慢できなくなったベルトから、本当に自重する気はあるのかと問い詰められた。


一応はダンジョンに入る際の出入りは拠点を介したりと注意を払っているので、その辺りは心配ないとは思うのだけど。


……と、そこまで話して、暴走スタンピードの後のことに移ろうとしたところで、それまで黙り込んでいたクロエが口を開いた。


そして、頭を深く下げて「ありがとう」と感謝を伝えてきた。


先週、彼女をこの国に送り届けてくれた冒険者が、父親からの手紙を届けに来てくれたのだという。


その冒険者も、元の家からの繋がりを探られる危険性から連絡を絶っていたものの、その懸念がようやく払拭できたらしい。


父親からの手紙では、紹介状を持ってきた『不可視の賢者』に、多大なる感謝と、国が落ち着いた頃に訪ねてきてほしいとを伝えるよう、添えられていたという。


ずっと両親の消息を探ることもできず、辛い気持ちを抱えて10年を過ごしてきたが、ようやく連絡を取れる状況になったことに、重ねて感謝を述べてきた。


あくまでルーデミリュでは姿を消したまま正体を明かさずにやってきたので、『不可視の賢者』については誰なのか一切分からないのだけど。


ただ、一応は1カ月の旅行中に色々と見聞きした噂はあるので、ベルトにその噂とやらに問われて、その話をすることにした。


──ルーデミリュの王宮で、侵攻派の貴族らが集う戦勝祈念の晩餐会が開かれたのは、フィファウデのダンジョンで暴走スタンピードが終息して間もない頃だった。


そのため、クロエの父親とその晩餐会を叩く算段をつけてからは急いで話を進める必要があり、反侵略の密約だけ交わしていた保守派や中立派に手紙を届け、事後の処理とクーデターの計画を共有することになった。


そして晩餐会の当日に王宮はクレーターと化して、当事者が不在となった跡地でクーデターは実行された。


実質的にそれから1カ月ほどは、反侵略派の貴族らの領地を回り、魔道具による人工暴走スタンピードを解消していった期間だった。


一応、暴走スタンピードの解消はクーデターに難色を示した中立派への交渉材料ともなっていた他、次々に解消していくことによって戦力を示し、侵攻派の親族といった残党に向けた牽制の意味合いもあったようだ。


それらの暴走スタンピード解消にはスケさんたちの手も借りていて、震源地となる層から格納門を繋いでアルバイトをしてもらっていた。ゴブ師匠とブタさんへの報酬は、経験値と惣菜パンだ。


──25日かけて、計50カ所ほどのダンジョンを回った計算になる。


ダンジョンでは特色ある階層との出会いがいくつもあり、いつかゆっくり探索したい場所もあった。


中でも、ラビット氏の魔法袋になぜか無かった『米』を収穫できるダンジョン『収穫祭ハーベスト』が記憶に残っており、魔法袋でずっとおあずけになっていた『焼鮭』と『豚汁』を堪能した味が忘れられない。


そんな話をしたからか、皆が米の味に興味を持ったようだ。


盗賊騒ぎの清算をした後、せっかくだしとアジトダンジョンに行ってみることになった際に、話の流れで『収穫祭ハーベスト』に行って米を収穫することになった。


拠点に戻って、ついでに温泉にも移動して浸かってもらう。


そして、しばらくは米の心配がなくなる程度に収穫してもらったお礼に、牛丼や親子丼、カツ丼などを模して皿に盛った各種米料理を振る舞うことにした。


皆、黙々と食べており、気に入ってくれて何よりだ。


──暴走スタンピードの終息を祝う会のように色々とやった後、4人は宿へと帰っていった。


しばらくギルドの手伝いをした後、またフィファウデに戻る予定だそうだ。


……さて、こちらもこちらで、1カ月ほど空いてしまったパーティ活動を再開することにしようか。


◆ステータス

ロビンソン Lv.32

空間収納 Lv.13

成長ポイント:1

・容量拡大 Lv.3

・時間経過 Lv.3

・距離延長 Lv.6

・空間切削 Lv.3

・格納門増加 Lv.7

・格納門移動 Lv.5(MAX)

生活魔法 Lv.4

鑑定 Lv.2

気配察知 Lv.2

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